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やや長き沈黙

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やや長き沈黙
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演劇企画体ツツガムシの林竜之助です。日々の出来事や、芝居のこと、それから読んだ本の話など……。思いつくまま書きたいと思います。時々のぞいてみてください。

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浮き輪

2012/01/25 01:52

この41年の人生を振り返って
気がついたことがある

俺は同じことを
何度も何度も
繰り返している

針のとんだ
レコード

いつも何かに夢中になっていたけど
ある程度突っ走って
軌道に乗り始めると
何だか急につまらなくなって
全てを捨てるのだ
あっけないくらい
簡単に
ポイ捨てだ

どうしてだろうね

たまに人に褒められたりすると
嬉しくないこともないのだけれど
何だか変に居心地が悪くなって
嫌われるようなことを
わざとやってみたりする
学生の頃は
いつでもそんな感じだった

そうだ
俺は随分長いこと
不機嫌だった


それでも芝居に対する情熱は
結構長く続いてる

でも、ちょっと気を抜くと
押し入れの中に放り込んだままの浮き輪みたいに
力なくしぼんでしまう

あわてて空気を吹き込んで
ぱんぱんに膨らませても
なんとなく聞こえる

シューって
どこかから
空気が漏れている音がさ

俺はたまらず
胸一杯
空気を吸い込む

浮き輪なんかなくたって
浮かぶんだ
俺は



何だか遠くに旅に出たい

あのオランダの16歳の少女みたいに
ヨットで世界を一周してみたい


大海原に
たった一人

素晴らしい気分だろうな



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夜、耳を澄ますと

2012/01/21 03:20

今宵も夜な夜な
冤罪について考える

刑務所に送った手紙は
ちゃんと届いているのか


新聞への寄稿も
相変わらず取り上げられない



寒い一日だった
しかし北海道は
こんなもんじゃないだろう

あと十年
希望を捨てずに
生きて欲しい

俺は祈る
そして、
祈りながら
糞食らえと思う

それじゃ駄目なんだ

彼らが必要としているのは
祈りなんかじゃない

満期の
一日前でも構わない

誰か救い出してくれ
無実を証明してくれ

満期を迎えるのは
恐ろしいことだ

そうだ
俺は分かっている


夜、
耳を澄ますと
無言の叫びが聞こえる


俺は無力だが
自由だ

祈るのは彼らだ


俺たちは

自由だ


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ディック

2012/01/11 22:50

愚息が
フィリップ・K・ディックの短編集を読みながら、
「なんだか救いのない話ばっかりだなあ」と
分かったような口を利いている

まあ、そうなんだ
人生ってのは
そんなもんだよ

どんなに幸せそうに見えても
見方によっちゃあ
救いがないもんなんだ

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遠い愛

2012/01/06 00:12

日の沈みかけた海なんか
ぼんやり見ていると
なんだか
胸が苦しくなるね

押し寄せてくる
この感情

何だろうな


一人の人を愛するってことは
それはどうしたって
全ての人を愛するってことだ

だとすれば
全ての人を愛せない限り
一人の人も愛せないことになる

シビアな意見だと思うかもしれないけど
そんなふうに思うんだ

愛について
少しばかり分かったつもりでいたけれど
とんでもない

何も分かっていなかった

ただ
愛の対義語が
恐怖だということが
何となく
分かっただけ


ハッピー
ニューイヤー
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あきらめないよ

2011/12/23 22:03
八ツ場ダム、再開決定!

!!!

おいおい
ちょっと待ってくれ

何も解決していないぞ
非常に間違った計画で
見直しが必要だから止めてたんだよ
議論がし尽くされていないのに
何が再開決定だ

そういうことをするのはね
俺の知っている限りでは
暴力団とクルクルパーだよ

どっちだい
国交省は


途中までやったんだから
最後までやらないのはよろしくない

ってあんた

ダム建設反対者がね
これだけ真剣に闘っているのに
そういう駄目教員が言いそうなことを
平気で言えることからして
問題の本質がまるで分かっていないということなんだよ


すでに八ツ場あしたの会でも
静かに、徹底抗戦の構えを表明している
(普通ならもうバカバカしくて投げてるよ
でも、自分たちだけの問題ではないからね
彼らは未来を賭けて闘っている)


そういう彼らの真摯な闘いぶりと比べて
来年度予算がどうだ
地域住民がああだと
逃げ口上ばかり

情けないにも程がある

前田国交相も
藤村官房長官も
国交省も
民主党も
政府も

恥を知れ

普通は逆だぜ
ホント


唯一
救いがあるとすれば
前原さんの頑張り

ただし
願わくは
もう少しだけ
あがいてほしいね

無駄だと分かっていても
諦めないでほしい

諦めが「悪い」のは
政治家の大切な資質

みんな
見てますよ


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みんな、やってる

2011/11/19 12:04
以前、こんな話を読んだ

ある学生が試験で不正を働き
見つかってしまう
その場で教師から
厳しい処分を言い渡される

ところがその学生は
教師に対しこんな反論をする

クラスの連中はみんな不正を働いる
その事実を知らないのは先生だけだ
たまたま見つかった自分は運が悪かっただけで
一人だけ罰を受けるのは不公平ではないか

教師は学生の言葉に
少なからず驚いた様子だったが
少し考えてからこう返した

「君はみんなが不正を働いていると言うが
この中には、まじめに勉強をして
試験に臨んでいる人もいるはずだ
そして、
不正を犯して見つかった者もいれば
犯したけれど見つからなかった者もいるだろう
確かに君は運が悪かったかもしれない
しかし、長い目で見れば
今、見つかったのは
運が良かったのかもしれない…」

教室は静まり返っている
学生は言葉を返すことができずに
うなだれて教室を出て行った


まあ、ざっとこんな話だったと思うが
この話はときどき思い出す

たとえば一時話題の人となった堀江貴文が逮捕されたとき

彼はこんなことを言っていた

「みんなやってることじゃない。どうして俺だけ逮捕されるの?
何か他に理由があるとしか思えないよ」

優秀な東大卒業生らしいが
事態の受け止め方が
学生のカンニングレベル

出所するときには
捕まってよかったって思えるといいね


で、先日また思い出した

ある原子力研究所の関係者の話を聞く機会があり
これがもう何と言うか、宇宙人の話を聞いてるみたいだった

宇宙人と言うのはつまり
「あんたどこにいるんだい?」って意味でね

その「先生」はこんなことを言ってた

「子供が放射能や放射線が原因で死ぬであろう確率は
交通事故や自殺で子供が実際に死んでいる確率より低いんですよ
だからまあ、そっちの心配をした方がいいんじゃないかと思うんですがね」

これもカンニング学生と同じ

子供を殺すのは原発だけじゃない
自動車業界も家庭も殺している
みんなやってるのに
どうして原発だけ目の敵にするんだ
おかしいだろう

そう言っている

反省も希望も何もない
空虚で
恥ずべき発言

会場が凍りついたことに
「先生」は気がついたかな


もちろん
不正や間違いは誰でも犯す
俺もたくさん犯してきたし
この先も犯すだろう

でも、それが発覚したときは
誤魔化したくない

少なくとも他の誰かを引っ張り出して
言い訳をするような真似だけは
したくない

学生時代
乱暴だったり
我がままだったりして
嫌われていたような奴でも
いざというときに仲間を売らない奴は
一目おかれていた

俺も口には出さなかったけれど
「あいつのようになりたい」と思ったものだ


なかなか難しいことだけど
誰にでも「そのとき」はくる

そう思っていて
間違いはない



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トイレと読書

2011/10/27 01:48
自宅のトイレ限定の話しではあるが
俺にとってトイレという場所は
排泄をする場所というよりも
読書をする場所という
意味合いが大きい

だから自宅でトイレに入るときは
必ず本を片手に持っている

毎日何かしら本を買っているが
それらはすべて
トイレで読むための本だと言っても
過言ではない

いつからか分からないが
もう随分前から
俺にとってトイレとは
そういう場所になっていた

それゆえ
本棚の前で
どの本を持ち込もうか逡巡していると
小6の愚息に
「ああ、糞をするのか」などと言われる

いっそトイレに
本棚を移動するか
あるいはトイレを
本棚の前に移動したい

いつか
きっと


まあ、そんなわけで
自宅トイレには
持ちこんだままの
読みかけの本が積まれている

今、トイレにある本の中に
川端康成の「掌の小説」がある

これは一編が二、三ページのものが中心なので
トイレの読書にぴったりだ

うまくすると
おしっこでも一編読めてしまう

しかもこの短編集には
なかなかの傑作がそろっている

三島由紀夫は「夏の靴」を
吉村昭は「化粧」なんかを取り上げて
傑作だとしている

俺は「バッタと鈴虫」「写真」「離婚の子」あたりが好み


「雨傘」は俳優座の養成所を受けたとき
一次試験で朗読させられた
(思わずトイレで朗読してしまうぜ)


短編小説って
粗筋紹介みたいのが多いけど

ここに載っているのは
どちらかと言うと詩に近い

どこか不条理で
滲んだような
色彩感覚がいい

繰り返し読める
そういう小説

もしもトイレに
本を一冊しか持ち込めないとしたら
これは多分最有力候補

恐るべし
康成


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自由な港

2011/10/13 18:38

ツツガムシでチラシ美術を担当している林千絵が
久々に個展をやります

木版画、詩画集などの展示です


林千絵 展  「柔らかな夜」2011年10月21日(金)〜31日(月)
26日(休廊)12:00〜20:00(最終日18:00まで)

場所 free art space ポルトリブレ

東京都新宿区新宿2−12−9 広洋舎ビル3階
tel 03−3341−2992
http://www2.tbb.t-com.ne.jp/portolibre/exhibition/index.html


22日(土)の展示後にはギター弾き語りのライブもあります

「ソンコ・マージュ コンサート」
17:00オープン 18:00スタート
1ドリンク2500円

土曜にいらした方はそちらもお楽しみください


ちなみに会場のポルトリブレは
8月のツツガムシ公演を行った
スペース雑遊から徒歩1分のところにあります
住所だけを頼りに探してみるのも
一興かと思います

雰囲気のある
面白い空間です

ちなみに
タイトルの「自由な港」は
画廊の名前「ポルトリブレ」の訳
これはスペイン語とポルトガル語を
ミックスした言葉だそうです


新宿のど真ん中

自由な港

ちょっと
寄港してみませんか



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デニーロ

2011/10/04 23:57

ロバートデニーロ主演の
「みんな元気」という映画を観た

ホームドラマ仕立ての
ロードムービー

何となく
こんなのが見たかった

期待してなかったけど
久々に最後まで
楽しめた


ミーンストリート
レイジングブル
タクシードライバー
ゴッドファーザー
ディアハンター
……

デニーロはこれまでに、一体何本の映画に出演したのだろう
そしてこれから何本の映画に出演するのだろう

この映画でもね
やっぱりデニーロは
後ろ姿がいいんだ

別れのシーンが
たくさんあったんだけど

去りゆくデニーロの
背中がさ

何と言うか

誰もいない
夕暮れ時の
公園みたいなんだ

いい俳優は
後ろ姿で
何かを語るね

いや、それは
俳優だけじゃ
ないかな



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風評被害

2011/09/26 00:06

原発事故以来
いろいろな人が
いろいろな立場から
「風評被害」という言葉を使っている

しかし
何だかぴったりしない
ずっとそういう感じがあった

哲学者の内山節さんは
その近著
『文明の災禍』(新潮新書)の中で

この原発事故に関して言えば
野菜や穀物など食品に関する
「風評被害」ということはない

そんなふうに言い切っている


大量の放射能が撒き散らされた事実があり
その汚染が同心円的に広がるものではなく
遠くへ行けば行くほど薄まるものでもない

加えて
汚染に関する
信用に足りる情報もない

だとすれば
どこからが危険なのか
その線引きをするのは
食品を口にする
自分自身以外にない

間違った情報のために買わないのではない
信用できる情報がないから買えないのだ

被害者は
生産者と
他ならぬ
消費者なのだ

そしてそれは
「風評被害」のではなく
「原発事故」の被害者なのだ

この通りではないが
こんな感じの説明

違和感
ちょっとすっきりした



今日もスーパーに買い物に行くと
もう何を買ったらいいのか分からない

頼むから一日も早く
全国の食料品店で
ベクレル表示をしてほしい

こんな当たり前のことが
震災から半年以上たって
未だにできていない
本当に理解に苦しむ

ベクレル表示をすれば
「風評被害」も
なくならないまでも
少なくはなるだろう

とにかくさ
子供のいる家庭は
真剣に苦しいんだよ


内山さん
『文明の災禍』
感動しました
ありがとう

やはり原発はいらない
必要に応じて再稼働もしてほしくない

政治家に求めるのはただ一つ

自分たちが
人間の代表として選ばれたことを
忘れないでほしい

人間でいてほしい
それだけだ
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宇宙

2011/09/22 01:47

台風一過

夜中になって
近くのバーで一杯

ほろ酔い気分で
星空を眺めながら帰ってくると

半開きのポストに濡れた封書
某劇場主宰の演劇コンクール
その募集案内

テーマは
宇宙

そういうのも
面白そう
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バイエルン州立歌劇場

2011/09/17 01:38

ドイツ・ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場が
福島第一原発事故による放射能汚染を懸念し、
当初参加予定だった団員約400人のうち
約100人が日本行きを拒否したらしい


この100人の人達が
放射能を恐れて来日を拒否したとは
とうてい思えない

彼らが来日を拒否したのは
一連の原発事故における
日本政府の不手際に対する
不信感と怒りによるものだろう

でなければ彼らは
どんなに日本が放射能に
汚染されていようとも
恐れずに
きっと来日して
素晴らしい公演を
見せてくれたはずだ

俺はそう思う


このニュースを日本政府は
目をそらさずに受け止めて欲しい

いかに苦しくても
現実から目をそらしてはいけない

経済の空洞化とか
そんなことをぐずぐず言っている
場合ではないのだ

自らの犯した失敗を
潔く認め
世界に対して
謙虚に
今後の姿勢を示すことができなければ
それこそ日本は
誰からも相手にされなくなる

これは本当に
恐ろしいことだ

バイエルン州立歌劇場の100人の人達は
そのことを、身を引き裂かれるような思いで
教えてくれているのだと思う

本当に
有難いと思う


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八ッ場ダム

2011/09/13 20:54


建設の継続か中止かを再検証中の八ッ場ダムについて、
国交省は、利根川流域6都県の知事らとの「検討の場」で、
治水策5案のうち、コスト面などから、ダムを中心とする案が
最良だという判断を示したということだ。

うーん
コスト面などから、
ダムを中心とする案が最良とは
恐れ入った

国交省ってのはどうしても
日本を滅茶苦茶にしないと
気が済まないらしい

ダムを作ればどういうことになるか
日本中のダムの下流にある川を見れば
その惨状は誰の目にも明らかだろう

第一の問題はコストなどではない
そんな的外れな「検討」をすること自体
無駄なコストをかけているのであり
国民を馬鹿にしているのだ


興味のある方は
「 八ッ場(やんば)あしたの会」
のホームページをご覧になってください
この計画の問題点がわかりやすく説明されています

吉野川の「川の学校」でお世話になった
作家の野田知佑さん、
それに歌手の加藤登紀子さんなども
世話人として参加されています


http://yamba-net.org/modules/about/index.php?content_id=1


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死の町

2011/09/11 23:50

脱原発の姿勢をはっきりと打ち出していた鉢呂吉雄経済産業相が
視察した福島第一原発周辺の市町村を「まさに死の町だった」と発言し
さらに、記者に対し「放射能をつけるぞ」と言ったとして
マスコミによって激しく叩かれた末に
辞任に追い込まれた

まず最初に報道された「死の町」という表現についてだが
正直に言わせてもらう

俺はこの表現のどこがどう問題なのかさっぱり分からない
だからこの発言が「問題発言」だと報道されたとき
非常な不快感と怒りを感じた

町とは、そこで人が安心して生活を営み
いつまでもそこで暮らせるという保障がある
そういう愛すべき場所のことだろう

放射能が撒き散らされて
人の住める状況ではなくなった
いたるところに家畜の死体の転がる
かつて町だった場所を
非常な危機感を持って
「死の町」と表現するのは
そこに足を踏み入れ
その惨状を全日本国民に伝える
そういう使命を持った人間の
義務だといってもおかしくない

放射能は依然噴き出し続けている
その福島第一原発に隣り合った町が
「死の町」でなくてなんだ

鉢呂氏の説明の中での
「死の町」という言葉を聞いて
彼の問題意識が分からないのだとすれば
それは非常にまずいと思った方がいい

よほどマスコミに毒されているか
人間不信に陥っているかだ


マスコミ

ツイッターなどでは
すでに今回の報道は
マスコミによる偏向報道だという声があがっている

そりゃそうだ
まるで1000人中、1000人が
鉢呂氏の発言に怒り心頭しているような報道をした

自分たちの望む声以外の声は黙殺し
挙句の果ては「死の町」では足りないとばかりに
「放射能をつけた」なんて出鱈目な報道をして追い打ちをかけた

これじゃあ脱原発の大臣下ろしだと言われても仕方ない
ここまで露骨にやられると
あきれて笑っちまうよ


それから野田総理

彼も一政治家という意味では
鉢呂氏と同じ立場だから
対応は難しいとは思う

思うけれど
自分で組閣したばかりの内閣だろう
親分のあんたが子分の大臣を弁護してやらなくて
誰が鉢呂氏を助けられるっていうんだよ


親分で思い出すのは
たとえば石原慎太郎だ

あれは非常に「失言」の多い男だけど
自分が傷ついても仲間を助けようとする
そういう男っぽい父性というか
「信念」のようなものがある

どんなに言葉の美しい政治家でも
信念のある政治家にはかなわない
たとえ耳が腐るほど口が汚いとしても

野田総理、
あれじゃあ子供がいじめられてるのに
見て見ぬふりをするダメおやじだ

支持率がガタンと落ちたのは
鉢呂氏のせいばかりではないだろう
こういう総理に何ができるのかと思う

脱原発の鉢呂氏を経済産業相に任命した
その思い切った人事に期待が膨らんでいただけに

失望は大きい


勿論、鉢呂氏にも不満はある
あまりにあきらめが早すぎる

国民がどれだけあんたに期待をしていたと思う

失うものなどなにもないはずだろう
どうして、あんなに簡単に引っ込むのだ

福島が「死の町」だと思い
その惨状を伝えようとしたのなら
どうしてもっと叫ばないのか

「死の町」は
このまま放っておけば

「死の県」になり
「死の国」になり
「死の星」になる

原発はまだ人間の手には負えない
真剣にやめるつもりで取り組まなければ
結局日本は原発に頼る社会に逆戻りになるだろう



引き返せそうもないから突っ込む
どうせ死んだら終わりじゃないか

そういう甘い考えを
捨てなければいけない




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ユリゲラー

2011/09/10 01:35
先日、
20代の頃からの友人が
わが家に遊びに来てくれて
楽しいひと時を過ごした

彼女はその美貌に反し
どこか流れる雲のように
のんびりと、悠々としていて
何だか一緒にいてとても落ち着く

その日、彼女が話してくれた話が
おかしかったので一つ紹介しよう


あるイベント会場に出かけたときのこと
突然彼女の眼の前に
あのユリゲラーが現れたのだという

ユリゲラーはあっという間に
大勢の人に囲まれたらしいのだが
何人かの手を取って
何やら気のようなものを
送り始めたのだという

彼女も偶然手を取られ
数秒間じっと見つめられた

と、不思議なことに
握られた手が
ピリピリと痺れ
その痺れは
家に帰っても
続いた

で、折角なので
(ええ、もうお察しの通りです)
この手でなら
スプーン曲げができるんじゃないか
そう思った彼女は
痺れる手でスプーンを握り
ただ、あまり真剣にではなく
パソコンをいじりながら何となく
スプーンの首のところを
こすってっていたんですと

で、しばらくして
思い出したようにスプーンに目をやって
やっぱり曲がらないかと
半ばなげやりな感じで
スプーンの頭のところを
押したという

と、驚くなかれ、
軽く、ぐにゃりと
曲がったのだそうだ


うらやましい

うらやましすぎる

夢にまで見たスプーン曲げ

俺もずっと
ユリゲラーに
清田少年に(超能力少年)
会いたかったんだー!

※清田少年がUFOと接触をしていることについて
質問を受けたときの一言がとてもいいんだ
「みんな簡単にUFOを見たことがない、なんて言うけどさ、
お前らみんな、UFOを見ようとして、真剣に空を見上げたことが
あるのかよ?」
ありませんでした。
この言葉を聞いた私は深く反省し、
真剣に空を見上げたものです。


まあ、そんな話を笑いながらして
どういう話の流れだったか
気がつくと
目の前にタロットカードが出て来た
(買ったきり埃を被っていたもの)

彼女はタロットなんか触ったこともないんだけど
そういう直感の鋭い人だから
占ってくれよと頼んで
説明書を見ながらやってもらった

ただね、
遊びのつもりだったんだけど
説明書見ながらやってるんだけど

いいこと言うんだよね

ああ、こういうのって
センスなんだなって思った

何を言われたのかはあれだけど
思い当たる節があり
そうするべきだと
素直に思えた

すっと酔いが醒めた

そう、
人生いつまでも
続くわけでもなし

俺はちょっと
のんびりし過ぎ

もう少しピッチを
あげないとね




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ガスとチャーリー

2011/09/05 00:41

「なあ、そろそろ俺にさ
主役をやらせてくれないか」

冗談とも本気ともつかぬ顔で
本多新也がつぶやいたのは今年の2月
ツツガムシの三人で横浜に
劇場の下見に行った時のことだった

重たい空気を感じた俺は
なんだい、藪から棒に
といった顔で

「主役とか脇役とか
そういうのって、光の当て方次第でさ
変わるものなんじゃないの?」
そんなふうに答えた

「いや、そういうんじゃなくてさ
物語の軸になるような
そういう役をね
たまにはやってみたいんだよ
だって、自分の企画なんだからさ…」

まあ、言おうとしていることは分かる
ただ、配役というのは
芝居を書く前から
できるものではない
キャスティングも含めて
話が進むうちに
いろいろ事情が変わり
最後の最後で
決まる

だからその場では
はっきりした返事をできなかったわけだが
しかしそれでも今回の「automata」では
自動人形の中に入る男「ガス」を
本多をイメージしながら書き始めた


「よーし、チェスの勉強をするぞ!
何を隠そう俺はな、ずっと天才棋士
升田幸三を演じたかったんだ!」

そう言えば
そんなことを言ってたっけ

本多の目は
獲物を狙う獣のように
鈍く光っていた
(ような気がする)

いよいよ主役なのだ


しかし、
書いていくうちに
ガスという役は
一人で歩き始め
本多のイメージから
どんどん離れていった

どちらかというと繊細で
女性的な感性の持ち主
そんな人物像が
出来上がっていった

とにかく
これを本多が演じるのか…
という役になった

演出の田中も同じように
感じていたようだった

うーん、
どうしたものか

と、田中の匕首のような目が
キラリと光った

「新也は怪力男のチャーリーにしよう」


出た、鬼の采配
残酷キャスティング

でも、俺も、もうそれ以外にない
という気持ちだった

それはどちらかと言えば
本多にガスが合わないというよりは
チャーリーが本多にぴったりだという意味で

そこで本多のチェス研究が無駄にならないように
チャーリーもチェス好きにしたようなところがある

本多は自分がガスではなく
チャーリーにされるかもしれないと薄々気づくと
チャーリーができそうな俳優を参加させようとしたりして
しばらくの間、チャーリーという役から逃れようとしていた

本多よ
悪かった
許せよ

すべて田中の
一言だ

でも、チャーリーで
やっぱり
良かったんだと思う



で、ガスには
もうこの男しかいないだろうということで

野々山貴之

人呼んで
「のの」
に決まった

いつもながら
前置きが長くなってしまった

今回は
「のの」の話がしたかったのだ

とにかく
稽古場と本番を通して
「のの」の内側から噴き出してくる
あの狂気は何なのか

それが俺にとって
「のの」に対する
一番の興味だった

俺自身は
狂気を持たない人間が
狂気を演じることは
不可能だと思っている

そして狂気はいつでも
不気味なほど静かだ

ただ空を見つめるだけで
狂気は表現できなければ嘘だ

「のの」の狂気
それは「のの」の中の
爆発的な怒りであり
また、喜びでもある

なだめることのできない幼児性
そんな言い方もできるかもしれない

いずれにしても
「のの」はガスであり
ガスは「のの」であった
そんな気がした

そういう境地に
「のの」が踏み込んだ瞬間を
俺は何度か目にしたよ

それは
素晴らしい経験だった

ありがとう
「のの」

確かに君の代わりは
どこにもいない

その事実を
突き付けられた
舞台だった




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宴(裕子)の時間

2011/08/30 01:21

今回の公演では
毎晩飲みに行きました

その宴の席に
最もよく溶け込んでいたのが
宴だけに
宴堂裕子さんでした

宴堂さんは
「automata」の前の公演
「チェイサー」に出演されているのを
ツツガムシ三人が観て
一目ぼれした女優さんです
(ちなみにその公演で宴堂さんは母親役
共演していた小飯塚さんは不良少年役
主演は沢田研二さん)

今回はとても若い少女の役

「私こんなに歳、いっちゃってますけど…」
ご本人は気にされていたけれど
まあ、彼女のピュアな精神に
年齢は関係ない


俺が好きだったのは
宴堂さん扮するアンナが
居酒屋でエディーと出会う場面

エディーの贈った一輪の白いバラが
一瞬にして吐血で赤く染まり
不幸な将来を暗示する
あの場面

ハンカチで父親に
血で汚れた手を
拭いてもらっている
そのときの宴堂さんの横顔が
とても素敵だった


あきらめと希望が
入り混じった
人間の顔

あんな顔を
俺もどこかで
見たことがある

どこだったかなあ…


そうそう
宴堂さんには
もうひとつ印象的な
出来事があった

それは稽古のとき

オープニングのシーン

伝染病患者のジュディスが
医者のトーマスに
感謝の意を伝える

その複雑な感情が
なかなか湧き上がらず
演出の田中が
抜き稽古を
つけていた

何度もやり直した末に
田中がこんなことを言った

「宴堂さん、見えない先生に呼びかけても
その言葉は相手に届かないよ
役を演じることはないんだ
目の前にいる高川さんに話しかけるんだ
そうだな…
じゃあ、先生って言うのを止めて
高川さん、って言ってみてもらえますか」

そして宴堂さんは
「先生」と呼びかけるところを
「高川さん」と呼びかけた

その瞬間
宴堂さんの気持ちが
激しく動いた

そして、涙があふれ出した
止めようとしても
止まらない涙

俺はそんな宴堂さんの後ろ姿を
見ていたのだけれど

表情が見えなくても
宴堂さんという存在が
そこに立ち現れたんだね

そうなると
不思議なことにね
宴堂さんには、もう、ずっと前に
出会っていたはずなのに
そのとき初めて
出会った感じがした


俳優、宴堂裕子の底のない奥行きと
田中演出の真骨頂を見た思いがした


そんな素敵な宴堂さん

あの「砂地」の新進演出家
船岩さんに見染められた

近い将来「砂地」で
宴堂さんに
再会できるかもしれない

こんなにうれしい
ことはありません

宴堂さん
待ってますよ!


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蛇拳に思う

2011/08/26 23:40

今日、駅前のレンタルビデオ屋(DVD屋って言いにくい)で
旧作100円キャンペーンをやっていたので何本か借りた

そのうちの一つに
敬愛するジャッキーチェンの「蛇拳」を選んだ

これは中学生の頃
休み時間のたびに
友人と練習した拳法だ

蛇の動きを模して
それを必殺の拳法とする
わかりやす過ぎる感じが
たまらなく好きだった

もちろん実戦で使えるとは思っていなかった
でも、それがジャッキーの魅力と言うか
殴り合いでありながら
暴力を感じさせない
温かみがあった

そういう作品が
最近は少ない

テレビなんかでも
非常に痛々しい暴力描写が多い

そんなことしたら死んでしまう
そんな暴力を受けながら
それでも死なずに生きている
そういう人間が登場する作品は
あの「ゾンビ」と
何ら変わるところがない



今回「automata」に出演していただいた蓉崇さんは
中国武術の使い手だ

中学生の頃
俺が欲しかったもの

1、中国武術の使い手の友達
2、中森明菜みたいな彼女
3、彫りの深い二重の瞳

その中の筆頭に
四半世紀後の新宿で出会えた


蓉さんのレイ・ギャレット
素敵だったなあ

特に後半のレイは良かった
あの静かなシーンを
魅せたのは
蓉さんと松下さんの
内に秘めた情熱だ

マオを操って
ローラに静かに告白するレイ
(観てない方、すみません)

あそこでローラが
レイではなく
マオを抱きしめる

いいなあ〜


まあ、そんな蓉さんには
いつかジャッキーの作品のような
温かい格闘ものを作っていただきたい

殴る苦しみを描けるなら
暴力シーンも
悪くはない

蓉さん
期待してますよ




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皆さん、ありがとうございました

2011/08/23 03:00

21日をもって
ツツガムシ第四回公演「automata」
全日程が終了しました

震災から5カ月
不安材料の多い状況下での公演でしたが
どうにか無事に
そして
盛況のうちに
舞台を終えることができました

ご来場いただいた皆様をはじめ
この公演に関わっていただいた
全ての皆さまに
心よりお礼申し上げます

ありがとうございました



この作品が
再び舞台にかかる日が来るのか
私には知りようもありませんが
また観てみたいという温かい声を
たくさんいただきました

ええ

そんな日が来たら
素敵だと思います



目をつむると
ペペの
あのハーモニカの
寂しい音色が
聞こえてきます

マカリスター一座
愛すべき人々

遠ざかってゆくのか
近づいてくるのか
わからないけれど

それは
風の音では
ないのです

目をつむると
聞こえてきます

また
どこかで
会いましょう



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いよいよ千秋楽!

2011/08/21 11:07

出演者の皆さんのことを
いろいろ書こうと思っていたのですが
気が付いたら公演も残すところあと1回

今日は千秋楽

まだ書いてない人
たくさんいるなあ…


まあ、公演が終わっても
人生は続きます

ゆっくり書いていこうと思いますので
どうぞごゆるりとお付き合いください



さて、これまで私はほとんどの公演を見てまいりましたが
俳優の芝居というのは日によってこれほど違うものなのか
ということを改めて強く感じています

単に良い悪いということでなく
同じ人物を演じているはずなのに
だれか別人を見ているような
そんな気がすることが
少なくありません

しかもそれは
芝居を大きく変えているということではなく
たとえば、俳優が心に思っていることの
その方向性が少しだけ変わったことによって
生じているのではないかと思えるような
そんな変化であるような気がします

思えば私たちは
日々、お客さんの声を聞き
そうやって自分たちの芝居を振り返り、
まだ頂が遠くにある事に気付かされます

魅力的な俳優は
同じように魅力的な観客に
恵まれています


劇の終盤で
ロウソクに火が
灯されたとき

劇場が
まるで誰もいない
宇宙のように
静かになります

この芝居をやって良かった

そう思える
瞬間です




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