アクセスカウンタ

やや長き沈黙

プロフィール

ブログ名
やや長き沈黙
ブログ紹介
演劇企画体ツツガムシの林竜之助です。日々の出来事や、芝居のこと、それから読んだ本の話など……。思いつくまま書きたいと思います。時々のぞいてみてください。

演劇企画体ツツガムシHP
http://www7b.biglobe.ne.jp/~e-h/22ga64/index.htm



help RSS

鼻声の「俺」へ

2012/05/09 22:50
昨晩、俺から
実家に電話があったらしい

どういうことか

以下は俺と両親との会話



お袋 もしもし、今、電話した?
俺   え? してないよ
お袋 やっぱりしてないよね
俺  ん、何?
お袋 今、あなたから電話があったのよ
俺  え? おれおれ詐欺?
お袋 風邪引いてるって言うのよ、鼻声で

と、いつの間にか親父に代っていて

親父 もしもし!
俺  ああ、お父さん? それ、おれおれ詐欺じゃない?
親父 もしもし!
俺  ああ、もしもし
親父 もしもし!
俺  あれ、聞こえない? もしもし?
親父 (隣にいるお袋に)ああ、やっぱり声違うな
俺  え、何、聞こえてるの?

と、いつの間にかお袋と代って

お袋  やだ、あなた、風邪ひいてないでしょ?
俺  ひいてないよ。何、間違い電話?
お袋 違うのよ。だって、竜之助? って聞いたら、うんって言うんだもん
俺  そりゃ、おかしいな
お袋 病院に行くなら、耳鼻科かな? なんて言ってないでしょ?
俺  だから言ってないよ。ちょっとしばらく気をつけてよ。俺、そんな電話かけないから
お袋  (隣の親父に)やっぱり、違うって。やだ、気持ち悪いわね……


これが、どういう電話なのかは分からない
ただ、老夫婦の家に、
子供の名前を語ってかかってきた以上
段階を踏んだ
おれおれ詐欺の疑いはぬぐいきれない


本当に、腹立つ

新聞でも、
詐欺の被害にあった老人の記事は
良く目にするけれど
そうやってだまし取った金で
一体何ができるのだろう


家族を思う人の気持ちを逆手にとって
金をだまし取るというのは

自由をちらつかせて
ユダヤ人から金品をだまし取り
挙句に、命も奪い取ったナチと
やってることは本質的に同じだ

つまり詐欺なんて生易しいものじゃない
殺人と同等かそれ以下
お天道様の下を歩けないくらい
恥ずべきことだよ


老人を大切にできない社会は不幸だ
老人が食い物に見えるとしたら
それは深刻な病気だと思って間違いない

子供と老人は社会の宝だよ

我々若者も
かつての子供であり
そう遠くない未来の老人だ
そうだろ?

つまり、老人を欺くということは
ほとんど自分自身を欺くということだよ

実に寂しいことだよ


ただ、
やってしまったという人がいたら
いつでも取り返しがつくことを
覚えていてほしい
お金を返しに行ってほしい

多少、使っちゃっててもね
勇気を出して返しに行ったら
騙されたとしても
老人は、怒らない
むしろ、静かに笑って
喜んでくれるだろうね

それは、人生の苦しさを
知ってるから

寛容なんだ

で、そこから新たに
付き合いが始まったりして

まあ、それは分からないけど
老人ってのは
そのくらい懐が深い

俺もね、できれば
そういう老人になりたい

若い人とも
たくさん話したい

そして話をしてくれる若者なら誰でも
無条件に応援するだろうな


だから鼻声の「俺」よ
まだ遅くはないんだぜ

まだまだ
間に合うんだよ

一緒にさ、
いい老人に
なろうぜ







記事へトラックバック / コメント


次は

2012/05/04 21:09

今日は
海がきれいだった

ほんとにね
光が柔らかくて
夢のようなね

最高

カメラのファインダーから覗くと
もう映画のワンカット

泣けるぜ


次はツツガムシで
映画でもやろうかな

映画なら外国にも持っていけるし
いろんな人に見てもらえる

演劇ではできないことが
いろいろ思い浮かぶ

俺も
久々に
出ちゃおうかな





記事へトラックバック 0 / コメント 2


不思議な三毛

2012/04/26 01:15

あいつは一体何なんだろうね

どうもこっちの調子が
あんまり良くないときに
ふらっと現れるあの三毛猫

小さくて
でも結構年食ってて
近付いても逃げない

なでてやると
いつでも大きな声で
ニャーニャーって
二度鳴く

今日も朝
まるで偶然みたいに
俺の前を横切った

俺のことを
分かっているような
分かっていないような

多分
分かってない

そこがまた
可愛いんだ


記事へトラックバック / コメント


尖閣諸島

2012/04/22 01:51

石原慎太郎都知事がまた挑発的で
思いつきの域を出ない発言をした

尖閣諸島は東京都が買う
何か文句あるか

うーん
そんなことを言って
この問題が前進すると
真剣に思っているのだろうか


ちょうど読んでいた
三島由紀夫の谷崎潤一郎の作家論に
こんなことが書かれていた

老いが同時に作家的主題の衰退を意味する作家はいたましい。
肉体的な老いが、彼の思想と感性のすべてに逆らうような作家は
いたましい。(私は自分のことを考えるとゾッとする)。
ヘミングウエィも、佐藤春夫氏も、そのような悲劇的な作家であったし、
私のことはともかく、林房雄氏も、石原慎太郎氏も、
その予感の裡に生きているにちがいない。
面白いことには、この系統のすべての作家に、ファリック・ナルシシズムが
ひそんでいるのである。

※三島は、ファリック・ナルシシズムは必然的に行動と戦いを要請し、
そこにおける自滅の栄光とつながりがあると説明している。


石原慎太郎の老いは、まさにこの通りのように見える
あるいは、三島を賛美してやまない石原慎太郎が
この言葉通りに生きようとしているのかもしれぬ
ともかく、
老いた彼が政治家であることは
この悲劇に拍車をかけている


尖閣諸島の問題は
いかに日本の主張がもっともだとしても
いや、もっともだからこそ
第三者を交えて両国の代表者が
親和的に話し合うべきだろう

そうすれば、時間はかかるかもしれないが
必ず良い結果につながると思う



まあ、個人的にはね
先の北朝鮮のミサイルが
尖閣諸島に落っこちて
島を跡形もなく
粉みじんにしてしまっても
良かったなあ
なんて思ったりもする

そうすれば
中国も日本も北朝鮮も
一緒に笑えたかもね



記事へトラックバック / コメント


死刑の朝

2012/04/14 12:07

3月の末、1年8カ月ぶりに死刑が執行された
死刑はいつでも執行後に報道されるので
たいていは朝刊で執行を知ることになる

そして、灰色の空を見上げながらいつも思うのだ
俺もこの殺人に、一国民として加担したのだ
死刑に相当する複数の殺人に加担したのだと

ああ、俺もお前も
国民全部死刑じゃないかと


いやいや間違ってもらっては困る
相手は何人だろうが極悪非道の大悪人なんだ
そんな虫けら以下の屑どもを殺して何が悪い
おい林よ、
竜之助君よ、
深呼吸してもう一度空を見上げてみろよ
空は晴れ渡っているぞ
死刑執行後は害虫どもがいなくなって
実にすがすがしい気分じゃないか

そう思ってみようとするのだが
どうもうまくいかない

広島に実際に原爆落としたのは
たぶん何人かの兵隊だけど
日本人にとってみれば
原爆を落としたのはアメリカ人だ
アメリカ人は日本人を極悪非道だから
原爆の刑、つまり大量死刑を与えた
でも、日本人は極悪非道ではない
きっとアメリカ人の中にも
原爆投下のニュースを
苦い思いで聞いていた人はいるのだ

殺し合いだろ
どっちもケダモノだぜ


もちろん
犯罪者に罪がないはずがない
そんなのは当たり前のこと
復讐感情と言う点で話すなら
殺したいくらい憎いという被害者感情は
別に2人以上を殺さなくたって普通に持つ
殺した数じゃないんだな

子供をレイプされた親は
そいつを殺すと思うよ

親をおれおれ詐欺とかいって騙したやつを
子どもはぶっ殺すと思うよ

そんなの当たり前だろ

俺だって
のんきな顔して生きてるけどね
ぶっ殺したいやつの一人や二人はいるよ

でも、やらない

器をぶっ壊したって
中に入ってる毒は
毒のままだからね

大切だと思うのは
じゃあ、ぶっ壊す以外に何ができるのかってこと
そいつを考えないといつまでたっても同じこと
終わりのない間違いの繰り返しだよ



前に、千葉景子さんの話を書いたけどね
あの人が偉いと思うのは誤解を恐れなかったところだよ
いや、恐れたかもしれないけど、逃げなかった
それを保身のために態度を変えたと勘ぐるのは
本当に恥ずかしいことだと思う

今回の小川法相は千葉さんのようにはしなかっただろうね
つまり、刑場で執行に立ち会わなかっただろうってこと

それは義務ではない
法務大臣の職責は執行命令をしっかり出すこと
出すか出さないかが大事なんだ
そう言う人が多いだろうけど
どうかな、
俺は執行現場に行く勇気もないのに
執行命令だけはバンバン出して、私は大臣だぞ!
みたいな顔をしてる奴の方が信用ならない

もちろん処刑に同席すればいいって問題じゃない
でも、それは死刑を続ける以上は
最低限の条件になるのかもしれない

そして冤罪が明らかになった場合は
腹を切る覚悟も必要だろう


人を殺すとは
本当に厳しいことだ



記事へトラックバック 0 / コメント 1


懐かしいなあ…

2012/04/02 20:46

新横浜のオフィス街を
小学4年生くらいの男の子が
自転車でふらふらと走りながら
林立するビルディング群を見上げて
感慨深げに言っていた一言

「懐かしいなあ…」

また、
とある書店で本を探していたとき
やはり小学4年生くらいの男の子が
そろそろ帰ろうかと言った母親に
さらっと言ってのけた一言

「その前に、お茶してかない?」


俺が初めて「懐かしいなあ」と
つぶやいたのは
いつ頃だったかなあ…

初めて「お茶しない」と言った相手は
お袋じゃなかったなあ…
たくさん誘ったけど
お茶してくれた子は
少なかったなあ…

ありがとね

記事へトラックバック / コメント


卒業式で

2012/03/16 15:10
そろっていないと気に食わない
そういう感覚は分からないでもない

俺自身、たとえば将棋の駒が一つ欠けていて
それをいつまでも紙で作った駒で済ますのは
何となく気持ち悪くて嫌だし
古本屋で、「菜根譚」が植物関連のコーナーに並べられていると
こっそり移動した方がいいのか、つい考えてしまう

だから一個人の性癖として
「そろっていないと気に食わない」
ということに異議をさしはさむつもりはない

しかし、その性癖が
公の場に顔を出すとなると
これは鼻につく

何を言ってやがる
という気持ちになる

そう大阪の
橋下徹さんのこと


起立斉唱条例なんてのは
実に馬鹿げた話で
言ってみれば
やくざの親分が
「俺に挨拶をしなかった組員は
お仕置きに往復びんたをすることに決めた」
と言ってるようなものだ

そんな親分、嫌だよ
俺は絶対に嫌だ
軽蔑するね

挨拶しない組員がいるってことは
組織なり親分なりに問題があるってことでね
「挨拶をしないこと」に問題があるわけじゃない

そうでないとしたら、それこそ
「親分のギャグに笑えなかった条例」とか
「親分の意見に疑問を持った条例」とかが必要になる
条例だらけになって身動きが取れなくなって
行き着く先は
ナチスドイツか北朝鮮かってことになる


橋下徹さんがやるべきことは
教育を憂える同志として
上から見下ろしたような態度を捨てて
まず虚心坦懐、教員と対話することだよ

教員の中には
当然教育に命をかけている猛者がいるわけだから
そう簡単に理解しあえるようにはならないだろう
そんなことはあり得ないと言った方がいいかもしれない

しかし、それでも絶対的に
彼らと話し合う必要はあるのだ
橋下徹さんが本当に日本の未来について
子供の教育について命をかけようとしているなら
これは避けては通れない道なのだ

そうすることで
橋下徹さんが
「近道はない
ワンマンプレーでは
何もできない」ということを自覚していることが
初めて教育現場の人間に伝わる
そのとき初めて
スタートが切れる

今からでも遅くはない
条例なんてつまらないものは
「早計だった。見直したいと思う。」とさらっと言って
すっきりひっこめて欲しい

そのことに喝さいを送る者はいても
非難する者はいないはずだ

俺はそう信じている

そして、現在審議中の
職員基本条例案についても
真剣に考え直してほしいと思う


こんなことを言うのも
今日、息子の卒業式に出席して
こういう空気の中
それでも起立しない教員の
心の内を考えさせられたからだ

ただ、国旗に、国歌に反発して
起立しないということは恐らく少ないだろう

みんな自分が生まれ育った国を
日本を愛したいのだ

その気持ちを表すのには
いろいろな表現の仕方がある
それでいいではないか

愛国心とは
外側から押し付けるものではない
内側から芽生えさせるものだ
教育もしかり

もう一度くりかえす
職員基本条例案は
教員をロボットにする
極めて危険な条例だ

教育に
スリーノックダウン制は
似合わない



記事へトラックバック / コメント


海で

2012/03/13 19:09

すぐ海の近くに住んでいながら
海を見ない毎日が続いていた

今日久々に
一人、夕暮れ時の海に
足を伸ばした

海を前にすると
いつでもそうだが
世界の秘密に触れたような気分になる

そして
いつでもそうだが
ここから再出発できる気がしてくる
記事へトラックバック / コメント


吉野家で

2012/02/27 23:17

吉野家で
酔っ払いの隣に座った

見たところ50代半ばくらいだが
俺は古いタイプの人間なんだよ
太平洋戦争の頃は…
とか言っている

その酔っ払いの言葉に
一つ考えさせられるものがあった

「だからよ、
宮本武蔵なんてのは弱いんだよ
弱いから二刀流なんてやったんじゃねえか
うい〜」


これは事実ではないが
いくらかの真実を含んだ言葉だ

そういうことは
確かにある

俺にも大いに
心当たりがある


記事へトラックバック / コメント


メタルゴッド降臨

2012/02/12 15:24

謎の友人Dr・Tに誘われて
久々にライブに行って来た

ジューダスプリースト!!!

20曲以上
2時間半
ボーカルは
ご存じ
還暦を迎えた
メタルゴッド
ロブ・ハルフォード
(スキンヘッドの髭おやじ)


会場はパシフィコ横浜
行ってびっくりした
こんなオペラかバレエ専門のホールで
へヴィーメタルかよってね

教会でボクシングをやるようなね
そんな違和感

でもまあ、始まっちまえば
真っ暗になっちまうから
関係ないね

ジューダス・プリースト
場所を選ばず


で、ライブが始まると
ジューダスもすごいんだけど
俺の真ん前の席の女の人が
これが物凄いのりのりで
踊りまくるわけだ

始まる前は
「ああ、一人で女の人が聴きに来るんだ
おとなしそうな感じなのに好きなんだなあ」
なんて見くびっていたから驚いた

金髪の長い髪の毛を振り乱し
シャンプーのいい匂いをあたりに振り撒く
腕を振り上げ指を突き立てるタイミングなんか
もうバッチシで後ろから見ていて滅茶かっこいいわけだ

ところが、何曲か終ったところで
彼女は力なくへなへなと座り込んでしまう

「あっ、どうした! ヘビメタガール!」
俺はそう叫びそうになったが
必死に言葉を飲み込んだ

しばらく苦しそうにもぞもぞして
彼女は席を立った

しかしライブは続く
俺は最早彼女のことが心配で
ロブには悪いが
心ここに在らずといった感じで
何となく体をゆすり
時々叫んだ

そして、15分くらいたったであろうか
彼女は戻ってきた
「おお、お帰り! さあ、まだまだこれからだ
ライブを楽しもうぜ!」
と、心の中で彼女に呼びかけた

彼女は遅れを取り戻すように
踊りだした

ところが手で腰を押さえている
そして1分もしないうちに
またふらふらと
椅子に座ってしまった

首をかしげて
苦しそうに腰やおなかをさすっている

俺は、瞬間的に思った
彼女は身ごもっているんだと

(後で、謎の友人Dr・Tと話したとき
彼も彼女は妊娠していると思ったと言っていた
Dr・Tは一応医者であるから
その言葉はなかなか信憑性があるのだ)

ということは、
このライブは彼女にとって
神聖な宗教儀式であると同時に
非常に過激な胎教でもあったのだ!!!

愕然
唖然
茫然

俺は感動していた
そして彼女の身を案じながらも
今一度立ち上がって
のりのりに踊ってほしいと思った

しかし、苦しいのだろう
頑張って立ちあがろうとするのだが
どうしても立てない

時々、何とか腕をだるそうに伸ばし
震える人差指で虚空を指すのだ

その白い手の神聖なことと言ったら!!!


「もういいよ。赤ちゃんには聴こえているよ
メタルゴッドはすぐそこにいる
彼の肉声は届いているよ……」
俺はそう言って、優しく彼女の背中をさすって
やりたいなあと、そんなことを考えていた
まさにそのときだった
彼女は雷に打たれたように
立ちあがった

そう、
不朽の名作
メタルの聖典
ターヴォ・ラバーが始まったのだ

おお、復活だ!!!
彼女は蘇った
狂ったように踊りだした

あの瞬間
彼女が子どもをあきらめたかどうかは分からない
しかし、そのくらいの勢いで
彼女は踊り狂ったのだ

最早懐かしい
メリットシャンプーの香りが
俺の心にも火をつける

ロブ、ここにも
ドラマがあるよ
ありがとう、もう一度日本に来てくれて
ガッツリ稼いで帰ってくれよ……


と、
まあ、そんな感じで
ジューダス
楽しんできました

大好きなアルバム
「フリーホイールバーニング」からは
一曲しかやらなかったので残念でしたが

ちなみに俺の初ヘビメタは
オジーオズボーン

小学5年生のときだった



記事へトラックバック 0 / コメント 3


女優達が…

2012/02/05 23:00

今、ドストエフスキーの
「カラマーゾフの兄弟」を読み直している

俺はかつてこいつを舞台にできないかと思って
劇作プランを立て始めたときに
俳優座で千田是也氏の演出で舞台化されることを知り
おいおい、そんな恐れ知らずなことを
俺のような無知な若者がやるならともかく
老舗の劇団がやるのかよ
でも、
何だか、面白そうだな……

そういうことがあって
やめたはずの俳優を
心機一転
俳優座でもう一度やってみようと
養成所を受験したんだ

それがかれこれ
20年近く前の話


実は、先月
そのカラマーゾフを
俳優座が再演したんだ

それを観に行ったこともあり
ちょっと再読してるんだけど

これが非常に
困ってる


と言うのは、
登場人物の顔や声が
俳優座の舞台のキャスティングで
思い浮かんでしまうからなんだ

初めのうちは
何となく観たばかりの舞台を
思い出してるだけなんだろうと思っていたんだけど
あれ、
あれあれあれれ

どんなに劇団員たちの顔を消し去ろうと思っても
消えない
というか、どんどん輪郭が
はっきりしてきている

多分、最後まで
同じキャスティングで
読み通すと思います


できれば純粋に
イメージを膨らませたかったのだけど

いや
困りました


特に女性陣は強烈で

カテリーナの荒木さん
(彼女はツツガムシの第一回公演で振付をしてくれました)
グルーシェニカの安藤みどり
(彼女はツツガムシの本多と俺の同期)

そして極めつけは
車いすの少女リーズ!

演じていた女優さんの名前は分かりませんが
(ちゃんと調べろよ)
リーズに関しては
ええ、
まさに完璧に
俺の頭の中で
生きている

すっかり
乗っ取られた感じです

まさか
こんなに影響を受けているとは
思わなかったので

困惑と
驚きと
戸惑いの中で

20年ぶりの
カラマーゾフ

カラマーゾフ万歳〜
天皇陛下万歳〜

ってな感じです


まあ、そうは言っても
漫画で「あしたのジョー」を読んでる時も
声はあおい輝彦だけどね



記事へトラックバック / コメント


The Turk 

2012/01/31 02:50

昨年暮れに届いていた郵便が
本の山に埋もれていて
今宵発掘された

封筒の中には、


『謎のチェス指し人形「ターク」』 (NTT出版) 
トム・スタンデージ 服部桂 訳 

並びに、同じ作者と翻訳者による

『ヴィクトリア朝時代のインターネット』

の二冊が入っていた


ああ、とうとう完成したのだ!


ページをめくりたくなるタイトル
美しいデザイン
そして、心地よい手触り

素晴らしい本だなあ……



この本の翻訳者の服部さんは
昨年の夏のツツガムシ公演
『オートマタ』を観に来て下さった

立ち話ではあったが
公演後に声をかけていただき
お話をすることができたのだ

そのときにこの本の校正原稿を
興味があるようでしたら、と頂いた

そして、今回
こんなに素晴らしい本まで
いただいてしまった!
二冊合わせて5000円也
(つい金額を口にしてしまう
我が哀しき貧乏性!)


しかもですよ、
『謎のチェス指し人形「ターク」』 の訳者解説では、
あろうことか、
大東京新宿で
我々の芝居を観たことにも触れていただいてます!

なんだか、
しみじみ嬉しいなあ

服部さん、ありがとうございます
じっくり楽しませていただきます!



「オートマタ」を書くとき、
知りたいことがたくさんあるのに、
なかなか情報が手に入らず苦しみました

今思えば、それがかえって想像力を逞しくした
と思える部分もありますが
もしもこの本があったら、
きっとあの作品は
あの通りにはならなかったと思います


もしもあのとき、この本を読んでいたら
という仮定は
もしもあのとき、この人に会っていたら
という仮定に似ている

本との出会いって
ホントに大きいと思います

しかし
こんなに素晴らしい贈り物が
すぐ足もとにあったのに
一か月も気がつかないなんてね


久しぶりに
ゆっくり自動人形の世界に
沈潜しようと思います

好きなんだなあ
俺は
あの世界が

人間がまだ
機械の主人だった

あの時代が





記事へトラックバック 0 / コメント 3


浮き輪

2012/01/25 01:52

この41年の人生を振り返って
気がついたことがある

俺は同じことを
何度も何度も
繰り返している

針のとんだ
レコード

いつも何かに夢中になっていたけど
ある程度突っ走って
軌道に乗り始めると
何だか急につまらなくなって
全てを捨てるのだ
あっけないくらい
簡単に
ポイ捨てだ

どうしてだろうね

たまに人に褒められたりすると
嬉しくないこともないのだけれど
何だか変に居心地が悪くなって
嫌われるようなことを
わざとやってみたりする
学生の頃は
いつでもそんな感じだった

そうだ
俺は随分長いこと
不機嫌だった


それでも芝居に対する情熱は
結構長く続いてる

でも、ちょっと気を抜くと
押し入れの中に放り込んだままの浮き輪みたいに
力なくしぼんでしまう

あわてて空気を吹き込んで
ぱんぱんに膨らませても
なんとなく聞こえる

シューって
どこかから
空気が漏れている音がさ

俺はたまらず
胸一杯
空気を吸い込む

浮き輪なんかなくたって
浮かぶんだ
俺は



何だか遠くに旅に出たい

あのオランダの16歳の少女みたいに
ヨットで世界を一周してみたい


大海原に
たった一人

素晴らしい気分だろうな



記事へトラックバック / コメント


夜、耳を澄ますと

2012/01/21 03:20

今宵も夜な夜な
冤罪について考える

刑務所に送った手紙は
ちゃんと届いているのか


新聞への寄稿も
相変わらず取り上げられない



寒い一日だった
しかし北海道は
こんなもんじゃないだろう

あと十年
希望を捨てずに
生きて欲しい

俺は祈る
そして、
祈りながら
糞食らえと思う

それじゃ駄目なんだ

彼らが必要としているのは
祈りなんかじゃない

満期の
一日前でも構わない

誰か救い出してくれ
無実を証明してくれ

満期を迎えるのは
恐ろしいことだ

そうだ
俺は分かっている


夜、
耳を澄ますと
無言の叫びが聞こえる


俺は無力だが
自由だ

祈るのは彼らだ


俺たちは

自由だ


記事へトラックバック / コメント


ディック

2012/01/11 22:50

愚息が
フィリップ・K・ディックの短編集を読みながら、
「なんだか救いのない話ばっかりだなあ」と
分かったような口を利いている

まあ、そうなんだ
人生ってのは
そんなもんだよ

どんなに幸せそうに見えても
見方によっちゃあ
救いがないもんなんだ

記事へトラックバック / コメント


遠い愛

2012/01/06 00:12

日の沈みかけた海なんか
ぼんやり見ていると
なんだか
胸が苦しくなるね

押し寄せてくる
この感情

何だろうな


一人の人を愛するってことは
それはどうしたって
全ての人を愛するってことだ

だとすれば
全ての人を愛せない限り
一人の人も愛せないことになる

シビアな意見だと思うかもしれないけど
そんなふうに思うんだ

愛について
少しばかり分かったつもりでいたけれど
とんでもない

何も分かっていなかった

ただ
愛の対義語が
恐怖だということが
何となく
分かっただけ


ハッピー
ニューイヤー
記事へトラックバック / コメント


あきらめないよ

2011/12/23 22:03
八ツ場ダム、再開決定!

!!!

おいおい
ちょっと待ってくれ

何も解決していないぞ
非常に間違った計画で
見直しが必要だから止めてたんだよ
議論がし尽くされていないのに
何が再開決定だ

そういうことをするのはね
俺の知っている限りでは
暴力団とクルクルパーだよ

どっちだい
国交省は


途中までやったんだから
最後までやらないのはよろしくない

ってあんた

ダム建設反対者がね
これだけ真剣に闘っているのに
そういう駄目教員が言いそうなことを
平気で言えることからして
問題の本質がまるで分かっていないということなんだよ


すでに八ツ場あしたの会でも
静かに、徹底抗戦の構えを表明している
(普通ならもうバカバカしくて投げてるよ
でも、自分たちだけの問題ではないからね
彼らは未来を賭けて闘っている)


そういう彼らの真摯な闘いぶりと比べて
来年度予算がどうだ
地域住民がああだと
逃げ口上ばかり

情けないにも程がある

前田国交相も
藤村官房長官も
国交省も
民主党も
政府も

恥を知れ

普通は逆だぜ
ホント


唯一
救いがあるとすれば
前原さんの頑張り

ただし
願わくは
もう少しだけ
あがいてほしいね

無駄だと分かっていても
諦めないでほしい

諦めが「悪い」のは
政治家の大切な資質

みんな
見てますよ


記事へトラックバック 0 / コメント 1


みんな、やってる

2011/11/19 12:04
以前、こんな話を読んだ

ある学生が試験で不正を働き
見つかってしまう
その場で教師から
厳しい処分を言い渡される

ところがその学生は
教師に対しこんな反論をする

クラスの連中はみんな不正を働いる
その事実を知らないのは先生だけだ
たまたま見つかった自分は運が悪かっただけで
一人だけ罰を受けるのは不公平ではないか

教師は学生の言葉に
少なからず驚いた様子だったが
少し考えてからこう返した

「君はみんなが不正を働いていると言うが
この中には、まじめに勉強をして
試験に臨んでいる人もいるはずだ
そして、
不正を犯して見つかった者もいれば
犯したけれど見つからなかった者もいるだろう
確かに君は運が悪かったかもしれない
しかし、長い目で見れば
今、見つかったのは
運が良かったのかもしれない…」

教室は静まり返っている
学生は言葉を返すことができずに
うなだれて教室を出て行った


まあ、ざっとこんな話だったと思うが
この話はときどき思い出す

たとえば一時話題の人となった堀江貴文が逮捕されたとき

彼はこんなことを言っていた

「みんなやってることじゃない。どうして俺だけ逮捕されるの?
何か他に理由があるとしか思えないよ」

優秀な東大卒業生らしいが
事態の受け止め方が
学生のカンニングレベル

出所するときには
捕まってよかったって思えるといいね


で、先日また思い出した

ある原子力研究所の関係者の話を聞く機会があり
これがもう何と言うか、宇宙人の話を聞いてるみたいだった

宇宙人と言うのはつまり
「あんたどこにいるんだい?」って意味でね

その「先生」はこんなことを言ってた

「子供が放射能や放射線が原因で死ぬであろう確率は
交通事故や自殺で子供が実際に死んでいる確率より低いんですよ
だからまあ、そっちの心配をした方がいいんじゃないかと思うんですがね」

これもカンニング学生と同じ

子供を殺すのは原発だけじゃない
自動車業界も家庭も殺している
みんなやってるのに
どうして原発だけ目の敵にするんだ
おかしいだろう

そう言っている

反省も希望も何もない
空虚で
恥ずべき発言

会場が凍りついたことに
「先生」は気がついたかな


もちろん
不正や間違いは誰でも犯す
俺もたくさん犯してきたし
この先も犯すだろう

でも、それが発覚したときは
誤魔化したくない

少なくとも他の誰かを引っ張り出して
言い訳をするような真似だけは
したくない

学生時代
乱暴だったり
我がままだったりして
嫌われていたような奴でも
いざというときに仲間を売らない奴は
一目おかれていた

俺も口には出さなかったけれど
「あいつのようになりたい」と思ったものだ


なかなか難しいことだけど
誰にでも「そのとき」はくる

そう思っていて
間違いはない



記事へトラックバック / コメント


トイレと読書

2011/10/27 01:48
自宅のトイレ限定の話しではあるが
俺にとってトイレという場所は
排泄をする場所というよりも
読書をする場所という
意味合いが大きい

だから自宅でトイレに入るときは
必ず本を片手に持っている

毎日何かしら本を買っているが
それらはすべて
トイレで読むための本だと言っても
過言ではない

いつからか分からないが
もう随分前から
俺にとってトイレとは
そういう場所になっていた

それゆえ
本棚の前で
どの本を持ち込もうか逡巡していると
小6の愚息に
「ああ、糞をするのか」などと言われる

いっそトイレに
本棚を移動するか
あるいはトイレを
本棚の前に移動したい

いつか
きっと


まあ、そんなわけで
自宅トイレには
持ちこんだままの
読みかけの本が積まれている

今、トイレにある本の中に
川端康成の「掌の小説」がある

これは一編が二、三ページのものが中心なので
トイレの読書にぴったりだ

うまくすると
おしっこでも一編読めてしまう

しかもこの短編集には
なかなかの傑作がそろっている

三島由紀夫は「夏の靴」を
吉村昭は「化粧」なんかを取り上げて
傑作だとしている

俺は「バッタと鈴虫」「写真」「離婚の子」あたりが好み


「雨傘」は俳優座の養成所を受けたとき
一次試験で朗読させられた
(思わずトイレで朗読してしまうぜ)


短編小説って
粗筋紹介みたいのが多いけど

ここに載っているのは
どちらかと言うと詩に近い

どこか不条理で
滲んだような
色彩感覚がいい

繰り返し読める
そういう小説

もしもトイレに
本を一冊しか持ち込めないとしたら
これは多分最有力候補

恐るべし
康成


記事へトラックバック 0 / コメント 2


自由な港

2011/10/13 18:38

ツツガムシでチラシ美術を担当している林千絵が
久々に個展をやります

木版画、詩画集などの展示です


林千絵 展  「柔らかな夜」2011年10月21日(金)〜31日(月)
26日(休廊)12:00〜20:00(最終日18:00まで)

場所 free art space ポルトリブレ

東京都新宿区新宿2−12−9 広洋舎ビル3階
tel 03−3341−2992
http://www2.tbb.t-com.ne.jp/portolibre/exhibition/index.html


22日(土)の展示後にはギター弾き語りのライブもあります

「ソンコ・マージュ コンサート」
17:00オープン 18:00スタート
1ドリンク2500円

土曜にいらした方はそちらもお楽しみください


ちなみに会場のポルトリブレは
8月のツツガムシ公演を行った
スペース雑遊から徒歩1分のところにあります
住所だけを頼りに探してみるのも
一興かと思います

雰囲気のある
面白い空間です

ちなみに
タイトルの「自由な港」は
画廊の名前「ポルトリブレ」の訳
これはスペイン語とポルトガル語を
ミックスした言葉だそうです


新宿のど真ん中

自由な港

ちょっと
寄港してみませんか



記事へトラックバック 0 / コメント 2


続きを見る

トップへ

月別リンク

やや長き沈黙/BIGLOBEウェブリブログ
[ ]