老婆のような少女

先日、自宅前でバイクを暖機運転させながら、一服していたときの話。


通りかかった小柄な老婆が足を止め、何か言いたげに、私とバイクに、交互に目をやっている。私が微笑むと、老婆は、つと近づいて、「大きなオートバイねぇ」とため息まじりに呟いた。その声の響きの中に、「私、オートバイ大好きなのよ」老婆がそう言っているのが、はっきりと聞こえた。


案の定、老婆は父親がバイク乗りだったようで、少女時代のバイクにまつわる話をいろいろ聞かせてくれた。ハーレー、陸王、サイドカー......亡くなるときお父様はアクセルを回すような仕草をされたとのこと。


聞かせて頂いた幾つかのエピソードの中で、その情景が、映画のワンシーンのように浮かんだものを、一つ紹介しよう。


彼女のお父様が134号線を「陸王」で走っていたとき、白バイに停車を求められた。バイクを降りた警官は、その巨大なバイクを熱い目でじっと見つめ、乗ってみていいかとお願いしたそうな。お父様が快諾すると、警官は勢いよく陸王に跨がり、海岸線をすっ飛ばした。そして、戻ってきた警官は嬉しそうにこう言ったそうだ。130キロ出た、と。

今、同じことをすれば袋叩きになる話が、なぜこうも美しいエピソードとして胸に響くのか。私のふかすタバコの煙などまるで気にしない老婆を見つめながら、私は久しく感じることのなかった「居心地の良さ」のようなものを感じていた。


別れ際、老婆は尋ねるでもなく、しかし、どこか甘える少女のような口調で呟いた。


「どこかで陸王、見られないかしら」


見られるかな。

ちょっと探してみるよ、おばあちゃん




下の写真は、一昨日、久々に縄文土器を掘っていて出土した磨製石器。持ち手のフィット感が感動的。男根の形に見えないこともなく、もしかすると呪術的な目的で用いられていたものかもしれない。こいつを文鎮にして書でもやろうか。

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高原書店

町田の古本屋の老舗、高原書店が閉店した。


俺が高校生の頃から通い続けた店。これで町田から、お気に入りの古本屋が全て消えることになる。

そして、驚くなかれ、これまで姿を消してきた古本屋は、どこもかしこも食い物屋になっている!


腹ばかり膨れ、文化は萎む。

大丈夫かね、この国は


写真は昨年末、高原書店で買った本。こんなのどこにも売ってないよ。高かったけど、必要だから、客の居ない、薄暗い店内で、散々迷って買った。


高原さん、長い間お疲れ様でした。

11月のツツガムシ、ご覧になって頂きたいです。俺の大好きな高原書店とつながっている芝居です。

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ドキドキ、オーディション

昨日、畑で山芋を掘っていましたら、なんと、芋の代わりに、縄文土器が出てきました! ドキッ!!

いやー、興奮しました。一かけら一かけら丁寧に掘り出して復元してみようかと思っています、はい。


そして、

日本全国の俳優のみなさん! お知らせです!

きたる5月11日に、次回ツツガムシ公演のオーディションを行います。ご縁があって共に舞台を創る仲間になれましたら、これほど嬉しいことはありません!

ご応募、心よりお待ちしてます~♪
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さらば、17 seventeen


17 seventeen


気がついたら終わってました。
まるで、青春の日の、恋のよう。


あれこれありましたが、語り出すと長くなるので一つだけ。


アフタートークのときに、お客さんから俳優陣に、こんな質問がありました。



「一番好きなシーンを教えてください」



その質問に、私も答えたいと思います。


私が好きなのは、演出家の厳しい要求を俳優が、逃げも隠れもせず、真正面から受け止め、必死に演じようとしている稽古場のワンシーン。悪天候の中、険しい山頂を見上げるアルピニストは、きっとあんな目をしている。俳優達の、あの目が見たくて、私は芝居を書いてるのかもしれない。


俳優さんも、スタッフさんも、それから勿論お客さんも、関わっていただいた全ての皆さん、17 seventeen をいい芝居に仕上げてくださってホント、ありがとうございます。


感謝の気持ちでいっぱいです。



それでは皆さん、お元気で!


また、どこかで
お会いしましょう!




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これでお終い

17 seventeen

今日でお終い。


17回公演中、ずっと劇場にいたのに、まだ1回しか観てないな。でも今日は有り難いことに満員御礼。当日券は少しだけ残してあるけど。


最後の1枚、残らないかな。

最後の客に、なりたいな。

鷲崎淳一郎さん


スイッチは、指先で押すものです。力が必要ないからスイッチなわけで、全身でスイッチを押すのは間違えている。でも、そんなこと誰よりも判っているはずの人が、全身でスイッチを押すとき、私達は気づかされる。スイッチを全身で押すことが、どんなに非科学的であっても、そうすることで違う結果が得られることを。

鷲崎淳一郎さんは、ツツガムシの照明をずっと創ってくれている照明さん。演出家(田中)の無理難題を真正面から受け止めて、最高の光と闇を生み出してくれます。もう、我々が絶大な信頼を寄せている人です。

いつものことですが、今回も、照明だけでも一見の価値があります。明かりによって、同じ空間がこれだけ変わることに驚きを禁じ得ません。明かりに、柔らかさや硬さ、濃さや薄さ、長さや短さ、広さや狭さ、そういうものがあることを、目の当たりにできます。それもこれも、鷲崎さんが17 seventeenという作品を、さらにいいものにしようと、あらゆる機材、あらゆる経験、あらゆる感覚を駆使して、全身全霊打ち込んでくれているからだと思います。本当に愛を感じます。

舞台仕込みの今日は、朝から閉館ギリギリまで明かりづくり。それでも、もっといいものをと、明日も朝から明かりづくり。妥協しない田中と鷲崎さんのやり取りは見ていて清々しい。

どんなものでも、何かを創っている人の顔って素敵です。鷲崎さん、私より随分年上だと思われますが、照明を見上げている鷲崎さんの顔は、星を見上げる少年のようです。

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間瀬英正

私がまだ、俳優としてやっていた頃、格闘シーンで歯を折られたことがありました。やり返せないことをもどかしく思いながらも、芝居を創っている充実感もまた感じていました。間瀬さんを見ていていると、そんなことを思い出します。

静謐と爆発

この人、どんな人生送ってきたんだろうって、芝居の向こう側を想像してしまいます。悔しい思い、情けない思い、やり切れない思い、そういう泥臭い思いを、嫌ってくらい食らってきたんだろうなって、彼の芝居を見ていると想像してしまいます。間瀬さんが俳優をやってる理由が、彼の芝居を見ていると分かるような気がする。これって凄いことです。
先日、新宿で道端のゲロを喰ってるネズミを見たときも、間瀬さんのことを思い出しました。こんなこと書くと、間瀬さん、きっと背後からそっと近づいてきて、あの少し不安そうな顔で、「林さん、俺はドブネズミですか?」って聞いてくる。俺もきっと「そう、間瀬さんはドブネズミだよ」て答える。そうすると、間瀬さん、多分、ぱっと顔を輝かせて、「そうですか~。分かりました。俺はドブネズミでした」とか言うと思います。そういう人です。

この芝居を書いていたとき、私はまだ間瀬さんのことを知りませんでした。でも、今、稽古場で間瀬さんの芝居を見ていると、この役はもう間瀬さん以外に考えられない。まるで彼が、やはりまだ彼の知らなかった私に書かせたような気さえしてきます。

静謐と爆発

間瀬さんのシーンになると、私はいつでも、身を乗り出して見つめています。


写真はドブネズミを見かけた新宿ゴールデン街
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辻貴大さん

数年後、どこか都会の片隅で、こんな会話が交わされているかもしれない。


「辻貴大って俳優、いいよな」

「ああ、いいよ、あいつは」

「なんだよ、あいつって、友達かよ」

「いや、友達じゃないけどな...。(遠い目をして)お前、ツツガムシって知ってる?」

「ああ、殺人ダニだろ?」

「いや、そっちじゃなくて、というか、それがあれなんだろうけど、まあ、そういう名前の演劇企画があるんだ」

「聞いたことないな」

「いや、俺も全然知らなくてさ、何でも幽霊企画とか言われていて、2~3年に一回しかやらないらしいんだよ」

「オリンピックかよ!」

「まあ、とにかくそういう演劇企画があって、何年か前に彼女に無理矢理連れて行かれてさ、まだ無名だった辻貴大が出演していたんだよ」

「まじか?!」

「まじかって、古いなぁ。まあ、その芝居を観てね、ああ、こいつは将来、いい役者になるって確信したよ。彼がカンヌのレッドカーペットの上を、こう手を降って歩いている姿が目に浮かんだんだ...」

「へえ…すげえな、その頃から良かったんだ」

「良かった。彼だけじゃない。共演者も、演出も良かった。本も...いや、本はまあまあかな。まあ、幽霊のわりに大した奴らだなって思ったよ」

「ふうん...で、そのツツガムシって、まだ活動続けてるの?」

「彼女の話だと、まだやってるらしい」

「ふうん。ちょっと観てみたいな、ツツガムシ。って言うか、彼女って、お前たち、とっくに別れただろ」

「まあな。でも、blogは読んでるから...」

「まじか...」



はい、今回は、参加俳優としては最年少ではありますが、未来のカンヌ国際映画祭主演男優賞候補の辻貴大さんをご紹介いたします。

この青年、いろいろ魅力は尽きないのですが、何よりかにより、非常にクリアーです。ぱっと場を明るく照らし出すんです。まあ、太陽のような存在感といいますか、彼の近くにいると、周りの俳優まで輝いてしまう。なぜなのか、理由を探るのは野暮な気もいたしますが、言え、言わなければ酷い目に遭わせるぞ! と脅されたらきっとこう答えるでしょう。

話が通るから、と。

うーん、分かるような分からないような答えですね。多分、酷い目に遭わせられるでしょうね。でも、そうなんです。無駄な説明が必要ない人なんです。一を聞いて十を知る人なんです。要するに理解が早くて深い。逆に言えば、いらない話は全然聞いてない。この取捨選択の切れ味がいいんです。さすが東大中退。判断力の高さが生き方に表れています。

加えて人柄も魅力的。素直で勉強熱心、今回も作家が原稿を仕上げる前に、セリフが入ってました。いや、それくらいのめり込む。しかも涼しい顔で。いや、やはり太陽です。高貴で雄大な太陽、辻貴大です。


さあ、百聞は一見に如かず。まだ無名の大器、辻貴大さんを、「ツツガムシで昔観た」人になりませう!


公演初日まで、あと8日! 乞うご期待!

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岩橋道子さん

今回の芝居にも、人との繋がりの不思議がいろいろあります。そのうちの一つを紹介したいと思います。


出演者の一人、岩橋道子さん

彼女は、僕が演劇の魅力に嵌まるきっかけになった文学座附属演劇研究所の同期生です。同期と言っても彼女は昼間部で僕は夜間部。稽古を一緒にやっていたわけではありません。ただ、稽古場は同じでしたから、昼の研究生が引き上げるころ、夜の研究生が集まり始める。そんな入れ替わりのタイミングに、ちらっと顔を合わせる。その程度の接点で、挨拶もろくにしなかった。

でも、あの、夕日の美しい四谷三丁目の稽古場で、同じ一年間を過ごしたことには変わらない。その人と、30年近い歳月を経て、今、一緒に、同じ一つの作品を創ろうとしている。しかも僕は演じ手ではなく書き手になっていて、彼女は人気劇団の看板女優になっている。これはやはりどう考えても、有り難いことのように思えます。

稽古場で、彼女が演じている姿を見ていると抑えようもなく込み上げてくるものがあります。それは、役柄や場面の問題でもなければ、彼女が俳優として技術的に成長したとか、そういう問題でもありません。
それは多分、俳優として一途に生きてきた岩橋道子という存在が、あの頃と同じ輝きを放って、そこに「ある」こと。この、当たり前と言えば当たり前の、しかし決して当たり前ではないその事実に、どうしようもなく胸を打たれるせいなんだと思います。

大きな劇場で主役を張っている彼女を、遠くから眺めるのも悪くない。でも僕は、彼女の横顔を、小さな舞台で、すぐ近くから見たかった。ツツガムシの舞台を観に来てくださる数少ないお客さんに、見つめてほしかった。ただそれだけのために、僕は彼女に台本を送りました。

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石ころ

先日、電車の中で耳にした、若い母親と4才くらいの男の子の会話。



男の子、車窓から、線路に敷き詰められたら無数の砂利をじっと見つめている。


男の子「石ころ、たくさんあるね~」

母親「ほんと、たくさんあるね~。何個ぐらいあるんだろうね?」

男の子「(数えて)う~ん...205こ」

母親「205個かぁ。もっとあるんじゃない?」

男の子「(数えて)う~ん...320こ」

母親「もっとあるでしょ~」

男の子「(数えて)う~ん...102こ」

母親「減ってるじゃん」


この母親の「減ってるじゃん」とオレの心の中のつぶやき「減ってるじゃん」が、きれいにハモって、吹き出しそうになりました。

いや、春ですねぇ。

山田定世


山田君は俳優です。

俳優座の研修3年生。今回の芝居で、演出助手をしてくれます。僕はこういう青年が大好きです。「こういう青年」というのは、本来の目的を実現するためには、一見遠回りのように見える道を、楽しんで進める青年のことです。失敗にこそ価値があることを知っている青年のことです。

僕も山田君くらいの年の頃、同じ俳優座の研修生でした。25歳。持っていたのは夢と小銭だけ。いつもポケットの中で拳を握りしめていました。そんな僕と一緒にしたら、山田君に怒られるかもしれないけれど、なんだかあの頃の自分によく似ている気がします。

読み合わせでは山田君がト書きを読みます。熱のこもった声で、まるでセリフのように読みます。そんな贅沢な演出助手にツツガムシは恵まれました。

面白い芝居にならないはずがありません。

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稽古初日

始まりました、ツツガムシ。俳優陣、勢ぞろいです。


いや、いいもんです、稽古場は。
とりわけ稽古初日というのは。

まだ、溶け合う以前の俳優達は、驚くほど遠慮がちです。まるで、出征中の夫の帰りを、大好物のお饅頭を絶って待つ賢婦人です。彼らがこの先そう遠からずお互いに、うっとりと見つめ合ったり、口汚く罵り合ったり、秘密を囁き合ったりするとは、到底思えません。でも、彼らは知っているのです。今日、会ったばかりの目の前の相手と、運命を共にし、やがて、何事もなかったように、別にすることを。伏し目がちに台本に視線を落とす俳優達は、どこかこの世の人ではないような、そんな静けさを湛えています。

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いや、いいもんです、稽古場は。
とりわけ、稽古初日というのは。

体重の話

ここ1ヶ月くらい、また会う人ごとに、林さん痩せました? と言われるようになった。恐らくは、髪伸ばしたせいだ。ああ、めんどくせえなぁ、ツルフカ!


確かに1年半ほど前、一気に12、3キロ、何もしてないのに体重減少したんです。それでも、体調はすこぶるつきによかったので、さして気にもしていなかったのですが、死相が出てる、と心配した家族に無理やり精密検査を受けさせられたんです。で、検査結果を見ながら、医者曰わく、


「全くの健康体ですねぇ。メンタルの問題だと思いますよ。まあ、心配し過ぎないことです。もっと(体重が)軽くなったらまた来てください」


おい、こら! 

俺はちっとも心配なんかしてないし、メンタルは強い方だ!(多分) ああ、この医者、腹の中で笑ってやがる。悔しいなぁ、せめて腹から巨大な回虫でも出てきてくれたら...。



でも、まあ、いいか。高い金払って、家族の安心を買ったと思えば。てへ。(照れ隠し)


しかし、髪の毛と同じで、痩せた? 病気? 食べてる? シンナー吸ってる? と、しつこく言われると、何だか太ってやりたくなります。かつて一生に一度は、オーバー100キロ(百貫でぶ)になってやる、なんて野心を抱いていたことがありましたが、今こそ、いよいよそのときかもしれませんな!


今の倍、140キロくらいになったら、ほとんど原型、とどめてないでしょうね。ああ、ちょっと面白そう...


よし、明日から、俺は毎日、




シュークリームを食べる!

ヘアーの話

こんばんは、日向十三です。


まだ、人から自然に、「日向くん」とか「十三さん」とか、呼ばれたことありません。

いつか、、まだ見ぬ恋人から、「ひなちゃん」とか「ひなちゅう(ピカチュウ)」などと呼ばれて、「なあ、その呼び方、真剣にやめてくれないか」なんて、怒ったふりをする日が来るのでしょうか。



まあ、それはさておき、

私、最近、髪を生やしています。と言いますのは、私、ここ10年くらい、ずっと坊主頭だったんです。ですから、かつての名前で私をキーワード検索すると、ツルツル頭の写真が出てきます。

ちなみに、祖母の葬儀のとき、真面目に、お坊さんに間違えられました。親戚に。

が、今はフサフサです。(一部薄毛。実際はツルフサ)


何故か。

別に伸ばすつもりなどなかったんです、最初は。ただ、なんとなく、しばらく散髪せずに放置していたら、会う人ごとに、「林さん、髪伸びましたね」とか「林さん、髪切らないんですか」とか「林さん、頭切ってください(←死ぬ)」とか、うるさい。好きで切らなかったのに、それが切って当たり前だと思われていると思うと、それなら切らないでやる、切ってやるものかと、こういう気持ちになるわけで、その結果として、フサフサなのです。(実際はツルフサ)


しかし、10年以上も毛がなかったところに毛が生えているというのは、10才の子供の手のひらに急に毛が生えるようなものだから、ちょっと気持ち悪い。

しかも、

散髪にお金もかかる。

シャンプーも面倒くさい。

薄毛も気になる。

どうして髪を伸ばしたのかしつこく聞かれる。

モテたいんじゃないかと勘ぐられる。


もう、フサフサには何もいいことがないような気がします。



あ、一つだけ、髪を伸ばしてよかったと思えること、あるな。


お巡りさんの、私を見る目が優しくなりました!

先日も...

はは、やめておきましょう。




日向十三

筆名をつけてみました。


日向十三


深い意味、ありません。

単なる気分転換。

今、日当たりのいい13階に住んでいるので、

日向十三

that,s all.




5月ツツガムシ公演



17(seventeen)



日向十三(46)

渾身のデビュー(?)作


乞うご期待!

またどこかで



紙飛行機、いや、ペーパープレーンでしたっけ
終わってしまいましたね


後から思うと何でもそうですが
ホント、あっという間ですね
芝居って

今回も、稽古場とか劇場には
あまり足を運べませんでしたから
何だか走馬灯です

もう少し稽古場を
楽しみたかったな


素敵な出会い
再会もありました

好きな人を劇場に招待できるというのは
たとえ観に来てもらえなかったとしても
それは演劇の、
あまりに大きな付加価値です

終演後、
言葉を交わす時間はほとんどない
二言三言、交わしただけで
「じゃあ、またな」
ってな感じで去っていく
そういうかけがえのない人の
遠ざかる背中を見つめながら

これで最後かもしれないなんて
そんな気分にもなりました


でも、そうだからこそ
またやるか
おう、やろうぜって
ことになるんだろうな

あなたにまた会いたくて
その口実にやってるのかもしれない



紙飛行機、いや、ペーパープレーンでしたっけ

みなさん、ホントに
ありがとう

またどこかで会いましょう






ドラマの向こう側に


昨日(14日)のツツガムシ公演
ペーパープレーン、見ました

今回の舞台は客席が向かい合う
対面式のつくりになっているので
観客の表情がダイレクトに見えるんです

ドラマの背景に観客の顔が覗くというのは
映画やテレビでは味わえない趣向で
演劇ならではの体験です

ですから、感極まって、そっと涙を拭いたりする姿も
これも一つの演劇的効果といいますか、
そこに思いを致す、といったことも起こりうるわけです

もちろん、居眠りをしていたり、あくびをしていたり
そういう恐ろしい姿もまた目に入るわけで
作り手としては非常な緊張感を強いられるわけですが…


昨日の公演では、
そんなドラマの向こう側の客席にも
やっぱり別のドラマが見えました

本当に想像力が掻き立てられます
そして、自分自身も一観客として
同じドラマの向こう側に
見られているという不思議


涙を指先でそっと拭く仕草っていいですね

男性も女性も子供も大人もなく
ただ、一つの存在がそこにあることを
しみじみ感じます



雑遊でツツガムシ発見!

週末から雑遊だな

三年ぶり


俺は本当にあの小屋が好きでね
公演を考えるときは
次はどこでやろうか
今度はどこか新しいところでって
いろいろ検討はするんだけどね

結局、雑遊なんだな
ぞっこん
惚れてんだな
あの小屋に


出会いが良かった
ヤコブクラヴィエツキって芝居をやったときに
ぶらっと見に行ったんだ
オーナーの太田さんが案内してくれてね
ただ、なんか、ずっとすぐそばに
浮浪者がいてさ
なんだこいつって思っていたんだけど
最後に太田さんと別れ際
そいつが会釈してきてね
目が合って椎名誠さんだってわかった
はは、俺好きなんだ椎名さん
まあ、それはエピソードだけどね

空間的にも、いい小屋なんだ
何かが生まれる
予感がする

一緒にいて
楽しいんだね

その、ノンストップディスコ
雑遊で

ツツガムシ
13日から24日まで
踊り続けます


小さな劇場なので
ご予約はお早めに!


俳優

俳優はいいな

舞台の上に立つ彼らの姿には
いつでも心を打たれる

彼らの理想はあまりにも遠い
でも、遠くない理想なんて
あるのだろうか

彼らの人生は
舞台の上にしかない

そこで演じられることは
本当に起こっていること

殺されたことも
愛されたことも
すべて彼らの経験になる

だから絶対に妥協しない
妥協は俳優の死なんだ

次の芝居を書くエネルギーを
俺は稽古場で
ためている

俳優から
もらっている




眩暈

今回の公演では
次の一手、ということも
同時に考えている

メンバーも増殖したし、
今回、本当に素敵な人たちが
一緒に舞台を作っているから
みんなの思いを
大切にしたい


芝居なんて、
そう何度も打てるものじゃない

だとしたら
打てるときに
打たなきゃね

恋や喧嘩とおんなじで
芝居ってのは
今しかできない
そんなもんだ


稽古場は
眩しいな


失明しそうだ