名ばかりの最高裁

本ブログでも何度か触れている、恵庭殺人事件。その第2次再審請求が今月12日、最高裁第二小法廷において棄却確定となった。裁判長は、菅野博之。


この結果に最早驚きはない。ただ、もしかしたら、という小さな望みが踏み潰された、それだけの話だ。


かつて多くの若者を置き去りにし、沈みゆく船から我先に脱出した船長がいたが、この裁判官も、蓋し同類であろう。知りもしない他人の命などどうでもよく、塗りつぶされた真実など糞食らえなのだ。きっと、いずれも世渡りが巧く、それで不幸にも分不相応の地位についてしまった。職責を果たす能力を持たない彼らは不幸であるが、社会の不幸はそれ以上である。


ここで詳しく繰り返さないが、大越さんの無実は明らかである。彼女に疑われる点が全くなかったわけではないが、しかしそれは彼女の落ち度によるものではない。状況から考えて避けようがなかったことだ。容疑者と犯人には千里の隔たりがある。その意味で私たちは例外なく明日の容疑者だ。疑わしきは罰せずの大原則は、それ故万人の盾となる。そして大越さんほど、「疑わしき」人はいない。だからこそ、彼女を応援している人がたくさんいる。司法は、この事件を再審せずに、一体何を再審しようというのか。真実追及の理想を実現するための再審請求制度が、その真実追及の精神を二度殺すとは何事か。


昨年暮れ、大越さんのことを思って書いた芝居が、桐朋学園の大学生たちによって舞台になった。学生たちの、あの力強い芝居を、裁判官、菅野博之が観ていたら、判断は変わっただろうか。


馬鹿げている。自分の無力さばかりを感じる。


レコードの日々


出し抜けに針落とされしレコードの目覚むや昭和九十五年


                  十三



気がつけば花も散り、すっかり春めいてまいりました。自称ナイスミドル、日向です。あ、ミドルと言えば、80年代、ボクシングミドル級を盛り上げたマービン・ハグラー氏が亡くなりました。


シュガー・レイ・レナード VS マーベラス・マービン・ハグラー


テレビにかじりつくようにして観たことを思い出します。あのような頑強なる肉体、不屈の精神の持ち主であっても死は避けられない。彼が引退したのはもう随分昔のことで、それっきりほとんど彼のことを思い出すこともなかったのですが、訃報に接し、改めて青春時代に彼から受けた強く美しい衝撃を思い出しました。ファイターでありながら紳士であることを彼は体現していた。獰猛かつ知的な存在。勇敢な戦士でした。



さてさて、話は全く変わりますが、最近、自宅近辺に隠れ家を作り、そこにツツガムシの二人からプレゼントされたステレオセットを持ち込み、亡き父が大量に遺していったレコードを日がな一日聞いたりしています。平成年間、全く眠り続けていたので、それでこのレコード達はまだ昭和が続いているものだと勘違いしているに違いない、というのが冒頭の拙歌の趣向であります。


いや、懐かしい。ひたすらに懐かしい。ジャズ中心に、ロック、ポップス、聴きまくっています。ボニーMなんかかけた日には踊り出しそうになります。座間のアパートの薄く開かれたベランダの窓から、紫煙と、ちょっとアンニュイな感じの音質の、アリスの黄色カモメとかマッドネスのワンステップビヨンドなんかが漏れ聞こえてきたら、そこは日向十三の隠れ家です。間違いありません。やつはそこにいて、パンツ一丁で油断しています。突撃して一緒に踊っちゃいましょう!




これは私が小学生のときに仲良しのよっちゃんと二人で横浜の輸入レコード店で買ったビートルズの海賊版。聴きたくなっちゃうでしょ?

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