チョー楽しみ


情報と知識は違う、ということを哲学者の池田晶子さんは言っています。


情報というのは、たとえば日々変わる株価のようなもので、必要に応じて使われる。それは多くの場合聞き流してしまえるものだ。株価を覚えようとする人はいない。


一方、知識は、これは、教えたり教えられたり出来るものではない。自分で発見するものだ。そして発見したのであれば、その知識は覚えようとするまでもなく、自らに備わるものだと。



俳優の伊勢谷さんが大麻の所持で逮捕されたという情報が流れました。と、それを追うように、彼のプライベートの「悪癖」が情報として垂れ流されます。つい先日、彼の異母兄弟の山本寛斎さんが亡くなったときは、同じように伊勢谷さんの美談が情報として流されていました。これ、なんかのコント? 



大麻の所持、使用は確かに違法です。しかし、その違法性は、歴史を、国境を越えて俯瞰すれば、まあ合法であってもおかしくないな、という違法性です。禁酒法とか健康増進法とか、そんなのは、一時的なブームみたいなものです。バナナを食べると痩せるとか、コーヒーを毎日飲むと長生きするとか。似たようなものです。


とすれば、逮捕は避けられないにせよ、この罪は伊勢谷さん自身の中で、彼自身が問うべきものです。彼の仕事や私生活とは本質的に別問題です。


大麻所持で逮捕されて、調べてみたら私生活でも悪さをしていた。怪しいと思ってたんだ。ざまあみろ。許さないぞ。二枚目だからって調子に乗ってんなよ。応援してたのに裏切られたわ。子供たちに、若者に悪影響を与えやがって。二度とテレビに出すな。スポンサーに土下座しろ。しこたま儲けてんだろ。いい思いしやがって。芸能界から追放しろ。いや、日本を出ていけ。自業自得だ。もう一回、ざまあみろだ。


並べてみると、気持ちいいくらい糞(失礼)情報です。単なるストレス発散。なにも考えていません。


私は伊勢谷さんの芝居は見たことがありません。彼自身の言葉もちゃんと聞いたり読んだりしたこともないので、個人として特別な目で見ることは出来ない。ただ、彼は俳優です。それだけは間違いないようです。俳優って、失敗の見本図みたいな存在です。「無傷」の俳優って存在可能でしょうか。存在したとして、その人の芝居を観たいと思いますか? 軍人にとって勲章(人殺しとか)が栄誉になるならば、俳優にとっても前科が誉になってもいいように思うのは果たして私だけでしょうか?


この失敗のために、追々、彼がダメになるか良くなるか分かりません。分かりませんが、良くなることに繋がる可能性は、間違いなく彼の中にあります。「いやいや、だからこそバッシングするんだろうが。それがクスリになるんだよ!」って言う輩が必ずいますけど、違います。黙って見つめられる方が、厳しいのです。ドラッグ....いや、クスリになるんです。深く考えさせられるのです。


ヴォルテールが寛容論を書いてから300年近く経ちます。しかし、人間は相変わらず不寛容です。誰かの失敗は100パーセントその人の責任だと無邪気に信じ、匿名で攻撃する。SNSはその幼児性を後押しし、大切な知識はいつまでも見つけられない。


長々と書きましたが、要は、次の伊勢谷さんの芝居が、チョー楽しみってことです。




チョー楽しみってことで、チョーチョの写真つけてみました。綺麗でしょ。公園で一服してたらヒラヒラ飛んできました。

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