「DROP」が読みたい! という声にお応えします!
「DROP」の台本の冒頭部分です。
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どこか遠い外国の、港に面した公園。夕暮れどき。ペンキのはげたベンチに幼い少女が一人腰掛けて泣いている。出船を告げる汽笛の音。海鳥の声。潮の香り。
そこへ一人の男が現れる。探偵。いや、昨日まで探偵だった男。独り者。年老いた男。しかし、今日、非合法組織を出し抜き、その裏金を奪ったのだ。計画は順調に進み、後は目の前の出航直前の船に乗って旅立つばかり。
汽笛の音。男は静かな足取りで船に向かう。と、彼の耳に、ハーモニカの掠れた音が流れ込む。歩みを止めて音のする方へ振り向くと、ベンチに座って一人すすり泣く少女の姿。周囲をぐるっと眺めるが誰もいない。男はじっと少女を見つめる。腕の時計に目をやる。まだ少し時間がある。男は、少女の腰掛けるベンチに歩み寄る。
男 どうしたの? お母さんとはぐれちゃったのかい?
少女はぴたりと泣き止む。そして顔を上げ、真っすぐ男を見る。男は、泣きはらしてはいるが、力のこもった少女の瞳に、思いがけず胸を突かれる。
少女 お母さんなんていないもん。
男 そうか……。だれか待ってるの?
少女 ずっと……まってるの。
男 来ないのか? その人は。
少女 ……。
男 おうちは近くなの?
少女は遠く高台に見える修道院を指さす。
男 修道院……。
少女 (こっくりと頷いて)……。
男 もうお帰り。また、明日待てばいい。じき日が沈んで、この辺りは真っ暗になる。
少女 ……。
男 こんなところで泣いていると危ないよ。港には人さらいがいるからね。一人ぼっちの子どもはいないかって、目を光らせて探してるんだよ。
少女 (パッと顔を輝かせて)おじいさん、人さらい?
男 え……。
少女 人さらいなんじゃない?
男 人さらいに見えるかい?
少女、男をじっと見つめて。
少女 おじいさんは……ちがうみたい。
男 ……。
少女 あたし、わかるの。わるい人ばかり見てきたから。その人がどんな人なのか、見ればわかるの。
汽笛が鳴る。男は時計を見る。出航の時間が近付いている。
男 いいかい……俺は悪い人間だ。君にも間違えることはある。人さらいはこんなふうに、いい人のふりをして近づいてくる。気を付けなきゃいけない。
少女 おじいさんも気をつけなきゃ。
男 ……。
少女 船がよんでるよ。早くのらないと、おいてっちゃうぞって。
汽笛の音。
少女 さようなら……いいたびをしてね。
男 ああ……さようなら。
男は船に向かう。少女はその後姿を見送って、再び思い出したようにうつむいて泣き始める。そこへ、男が戻ってきて静かに少女の隣に腰を下ろす。
男 分かったぞ。泣いている理由。
少女 (驚いて顔を上げて)……。
男 お腹が痛いんだ。
少女 ……。
男 違う? じゃあ、歯か? 歯が痛いんだ。
少女 ……。
男 あれ……それじゃあ、お尻? お尻が痛いのか。
少女 おしりなんかいたくない。
男 そうか。でもどこか痛いんだろ?
少女 (胸に手を当てて)ここ……ここがいたいの!
男 ああ、そこは、一番痛いところだ。
少女は、少し笑う。男はポケットからドロップを二つ取り出して、一つを少女に差し出す。
男 痛み止めだ。
少女は受け取って見つめる。男が包み紙から出して口に放り込み、舌の上で転がすと、少女も同じようにして口に放り込む。
少女 おじいさんも……ここがいたいの?
男 ときどきね……。まあ、大人にはもっと効く薬があるけどな。
少女 これ……ロビンにもあげたい……。
男 ロビン?
少女 いなくなっちゃったの……。
男 ロビンってのは……犬か?
少女 人よ。あたしの、たったひとりのともだち。
男 ……。
少女 もう何日もまえに、あたしたち、ここにふたりで船を見に来たの。いい天気で、あたたかくて、それに、あんなに気持ちのいい風がふくんだもん。あたし、ねむっちゃったの。でも、たぶんみじかい時間よ。ゆめだって見なかったんだから。それなのに、目をさましたら、いなくなってた。ちゃんとここにおいといたのに……。
男 置いといた……友達を?
少女 お人形なの。ロビンは。
男 ああ……。
少女 みんなわすれろって言う。もう見つからない。きっとねむっているときにぬすまれたんだって。人さらいに、さらわれたんだって……。だからね、あたし、ここで人さらいを待ってるの。ロビンをさらった人をつかまえてやるの。
男 そいつは勇ましいね。
少女 あたし、けんかなら男の子にだってまけないもん。
男 しかし、相手は一人だとは限らない。ピストルを持っているかもしれない。
少女 そのときは、わざとさらわれて、つかまったロビンのとじこめられているところにもぐりこむの。そうすればロビンをたすけ出せるでしょ。
男 なるほど……。大切な友達なんだね。
少女 あたしたち、いっしょにすてられたの。
男 ……。
少女 ハコの中から声がするからのぞいてみたら、あかんぼうのあたしが、ロビンとたのしそうに話をしてたんだって。
男 ……。
少女 あたしたち、ずっといっしょだった。
男 ……。
少女 ロビンがいないと、体が半分にちぎられたみたいなの。
汽笛が続けて三度鳴る。
少女 行っちゃった……。
男 ああ。行っちゃったけど、また来るさ。
少女 ……。
男 どんな子なの?
少女 ……。
男 ロビン。探してるんだろ?
少女 おじいさん、いっしょにさがしてくれる?
男 俺はね、人探しのプロなんだ。
少女 ほんとに?
男 ああ。これまでも、たくさん人を探して、見つけてきた。
少女 ロビンも見つけられる?
男 ああ……ただ、彼がどんな子なのか知る必要がある。手がかりがないと、探せないだろ?
少女 (目を輝かせて)ロビンはね、このくらいの大きさでね、白い顔で、目が大きくて、金色のきれいなかみの毛をしていて、水玉もようのふくを着てるの。
男はポケットから手帳を取り出してメモを取りながら。
男 金髪で……水玉模様の服と……。ほかに特徴は?
少女 とくちょう?
男 ああ……特徴ってのは、なんだ……癖とか、そういうロビンらしさだよ。足を引きずって歩くとか。タバコを吸うとか。
少女 タバコなんかすわないよ。まだこどもなんだから。
と、少女は口からドロップを吐き出して包み紙に戻す。
男 どうした?
少女 半分とっといて、また、いたくなったらなめる。
男 ああ……。
少女 あ、ロビンはねこがきらいよ。
男 猫が?
少女 一度、ねこにひどくかみつかれて、それからロビンはねこがきらいになったの。
男 (メモする)ロビンは、猫が嫌いと……。
少女 あと、べんきょうもすきじゃないみたい。がっこうなんかぜったいに行きたくないって言ってたから。
男 (メモする)勉強も嫌いと……。
少女 それから、パン屋のおばさんもきらいなの。だってあの人、ロビンのこと、ピエロみたいだってわらうんだもん。
男 嫌いなものばかりだな……。
少女 すきなものだってあるわ。ロビンはうたうのが大すきよ。
男 へえ、どんな歌を歌うんだい?
少女 じぶんでつくった歌。ロビンはそのときの気持ちをなんでも歌にしちゃうの。
男 (メモする)作曲の才能があると……。
少女 ああ……もういちどロビンの歌がきけたら、あたし、しんでもいい。
男 ……。
少女 あたしたち、いちばんのなかよしだけど、よくけんかもした。それで半日口をきかなかったこともあった。でも、そんなとき、いつもさいしょにあやまるのはロビンだった。すこしいじっぱりで、おっちょこちょいなところもあるけど、その百ばいくらい、すなおでやさしいの。
男 (少女の横顔を見つめて)……。
少女 あ、そうそう、ロビンにはひげがあるの!
男 髭が? だって子供なんだろ。
少女 去年のクリスマスのとき、あたしたち大げんかしたの。あたし、どうしてもゆるせなくってね、それで、ロビンがねむっているときに、ペンでひげをかいちゃった。
男 はは……何があったんだい?
少女 サンタクロースなんていない。そんなのを信じているお前はバカだって言ったの。
男 それは……ひどいな。
少女 そういうことを言うのよ、ロビンは……でも、ひげをかいても、ロビンはおこらなかった……。あんなこと、しなければよかった……。
男 (メモする)ロビンには髭が生えていると……。
少女 それからね、ロビンは……。
男 いや、もう十分だ。これだけ手がかりがあればきっと見つかる。だから、今日はもうおうちにお帰り。シスターが心配している。
少女 おじいさん、またあした、ここで会える?
男 ああ。また、ここで会おう。
少女 きっとよ。きっと来てね。
少女、立ち去る。遠くでふり返って大きな声で。
少女 おじいさん、人さらいに気をつけるのよ!
男は一人、沈みかけた夕日に染まった海の、すでに遠く沖を行く船を見つめる。汽笛が微かに聞こえて。
男 金髪で、白い顔をした目の大きい、水玉模様の服を着た、髭面の男か……。
男は、ぼんやりと「ロビン」を想像する。と、その「言葉通り」の姿をしたロビンが現れる。ロビンは男の隣に腰を下ろす。
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28日までご観劇頂けます~
14日、16日バージョンがございます。
オススメは、16日バージョンです。
読んで、観る。
これまた楽し(笑)

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