家で観るか、新宿で観るか、それが問題だ

「DROP」本日、初日!



日向十三(四十代)最後の芝居になります。



三十七のとき、処女作「仮死」を書いた勢いで、風の吹くまま気の向くままに、好き勝手に芝居を書いてきたつもりでいましたが、実際のところはそうやって、二人の男に面白い面白いとおだてられながら、年間一本にも満たない大家のようなペースで書かせてもらっていたという、とんだ箱入り作家だったわけです。


十三年間で八本ですからね。ピッチャーの現役本塁打数じゃあるまいし。


でありますから、まあツツガムシの二人には、私も偉そうなことを言ったり、したりすることもありますが、それは親に対する子の反抗のようなものでして、実は戦う前から勝負は決まっておるのです。


田中は、「ねえ、ここさ、バッサリカットした方がよくないかね?」なんてことを、バッサリカット前提で相談してきますし、本多は無言で、難しい「演技」をしなくて済む、しかし目立つ役柄を毎回要求してきます。もしも私がまかり間違えて、「いや、そこをカットしたら作品に破滅的な影響がでるぞ」とか言ったり、本多に難しい長ゼリフを言う役を書いたりしようものなら、彼らはきっと恩知らずを見るような目で私を冷たく見つめ、「偉くなったんだねえ、日向さんも」みたいなことを、針で刺すように言うでしょう。


それで最近は、謙遜、けんそんですね、そういう気持ちを表すために、作家とか偉そうな肩書きは口にしないように用心して、僕は、ツツガムシの台本係です、みたいな感じで目立たないようにしています。


なんか、中学の部活の一年みたいな感じです。何部かな。園芸部とか水泳部とか、ちょっとマイナーな部活の一年坊主。悲劇の運命共同体。


あ、そこに最近、転校生のツカチンが入部してきて、一緒に悪さをするようになりました。知能指数が一人だけ三桁あるので、三人ではいくら考えてもよくわからなかった難しい問題に答えを出してくれたりします。一見、温厚そうだけど暴れたらいちばんヤバいんじゃないかって、みんなに思われています。(ツカチンは中学時代の私の同級生です。友達の親父さんの葬儀で再会し、悪の世界に引きずり込んでしまいました! 奥様、お嬢さん、お許し下さい!)


まあ、そんな四人で、「DROP」は企画しました。



ちょっと、面白そうでしょ? 


あんまり、面白くなさそう?



あのね、



面白いよ。



多分。



観てね(^^)




このユリは手前に咲いていた数輪のほかのユリよりも一足早く枯れました。抜け殻の重さも馬鹿にならないのですね。
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